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◎小祿行き

掲載年月日:1910/11/1(火) 明治43年
メディア:琉球新報社 3面 種別:記事

原文表記

◎小祿行き
在安里 木野子
更くるまで後の月に浮かれたた蔭で思ひ切つた寝坊をした起きると松月君が來て待つている「今日の日曜日を利用して小祿へ遠足旁々開會中の島尻郡重要物產品評會、敎育品展覽會觀覽に行うぢやないか」とのこと直ちに快諾して食事も匇惶飄然としてこゝ安■を出たのが十六日の午前十一時
秋高く空澄み風靜かに衣袂を飜へす心地よさ
談笑の裡に明治橋を渡り蚊坂にさしかゝつた那覇の全市街は一瞥の下にあり「神戸港の樣だ」と松月君が叫ぶ「君こう見下すと琉球燒の赤瓦で千篇一律其處に何等の差もないけれど市の裡は實に弱肉强食の活舞台である巨萬の富に苦としらぬ紳士貧に泣く老翁もあらう車夫、馬丁、巡査、商人、醫者、僧侶、各自己の業務に向つて奮闘しつゝあらう友愛、慈善、博愛等の道德も行はれてるやう詐欺、爭闘、竊盗、等の不正不義も行はれつゝあらうこう考へると直そこに現社會のパノラマを見る■樣ねー」と松月君に云ふ眼を放てば三重城のあなたには三浦丸が其船底を海上に現はして去にし暴風雨の時の悲慘なる光景を語つてゐる吾等はそゞろに人生の墓無きを感せずにはをられない
然し大自然の中に生をを送る吾等人類は是非其の支配を受けねばならぬ我等は只吾等の生命財產を自然の手に委ねつゝ安んじて活動するより外道はあるまい
坂を下り坂を上り會塲に來た二人は重要物產品評會塲たる女子工藝徒弟學校の方に歩を進めた中庭に大國旗を立てりれより八方に萬國國旗をつるしてある入口とかいた處から下駄を持つて這入ると先づ米、豆、麥砂糖、甘藷、棕梠、反物等順序よく陳列てある品質等については我等素人の與り■らざるところ自分はたヾ心にいさゝか感したまゝつまり
重要物產和評會所感
を書いて見る心算である第一に反物の質と價格との約合である自分等の觀るところ價格が高きに失せんかと思ふこれはたしかに何人も■感だらう今更蝶々を要せず小祿絣の名は内外にあまねく品質 善良を以て歌はれてゐる然し近頃餘りに其の聲價振はないのは生產費大なる爲め價高く久留米其他の絣と市上に争ふことが出來ない樣になつたんぢやあるまいかとは識者の巳に說明せし處である如何にせば生產費を少くし市塲に出して久留米其他の絣と競争して勝を制す事が出來ようか原產地たる小祿村の是非大に研究して貰いたいものである
△曾つて琉球新報紙上に見へぬた泉氏の「嶋尻めぐり」屏風にして各村の特徴を示した處は中々感服した(未完)

現代仮名遣い表記

◎小禄行き
在安里 木野子
更くるまで後の月に浮かれたお蔭で思い切った寝坊をした。起きると松月君が来て待っている「今日の日曜日を利用して小禄へ遠足旁々開会中の島尻郡重要物産品評会、教育品展覧会観覧に行うじゃないか」とのこと、直ちに快諾して食事も匇惶飄然としてここ安■を出たのが十六日の午前十一時
秋高く空澄み風静かに衣袂を飜へす心地よさ。
談笑の裡に明治橋を渡り、蚊坂にさしかかった那覇の全市街は一瞥の下にあり「神戸港の様だ」と松月君が叫ぶ「君こう見下すと琉球焼の赤瓦で千篇一律其処に何等の差もないけれど、市の裡は実に弱肉強食の活舞台である。巨万の富に苦をしらぬ紳士、貧に泣く老翁もあろう車夫、馬丁、巡査、商人、医者、僧侶、各自己の業務に向って奮闘しつつあろう友愛、慈善、博愛等の道徳も行はれてるよう詐欺、争闘、窃盗、等の不正不義も行はれつつあろう。こう考えると直そこに現社会のパノラマを見る■様ねー」と松月君に云う眼を放てば、三重城のあなたには三浦丸が其船底を海上に現わして、去にし暴風雨の時の悲惨なる光景を語ってゐる。吾等はそぞろに人生の墓無きを感せずにはをられない。
然し大自然の中に生をを送る吾等人類は、是非其の支配を受けねばならぬ。我等は只吾等の生命財産を自然の手に委ねつつ安んじて活動するより外道はあるまい。
坂を下り坂を上り、会場に来た二人は重要物産品評会場たる女子工芸徒弟学校の方に歩を進めた。中庭に大国旗を立てそれより八方に万国国旗をつるしてある入口とかいた処から下駄を持って這入ると、先づ米、豆、麦、砂糖、甘藷、棕梠、反物等順序よく陳列してある。品質については我等素人の与り■らざるところ、自分はただ心にいささか感したままつまり
重要物産和評会所感
を書いて見る心算である。第一に反物の質と価格との約合である。自分等の観るところ、価格が高きに失せんかと思う。これはたしかに何人も■感だろう、今更蝶々を要せず小禄絣の名は内外にあまねく品質・善良を以て歌われている。然し近頃余りに其の声価振わないのは生産費大なる為め、価高く久留米其他の絣と市上に争うことが出来ない様になったんじゃあるまいかとは、識者の巳に説明せし処である。如何にせば生産費を少くし、市場に出して久留米其他の絣と競争して勝を制す事が出来ようか原産地たる小祿村の、是非大に研究して貰いたいものである
△曽つて琉球新報紙上に見へぬた泉氏の「嶋尻めぐり」を屏風にして各村の特徴を示した処は中々感服した(未完)