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◎船長の責任(二)
原文表記
◎船長の責任(二)
▲刻一刻末期未に近く 何しろ二日間も三重城の近海に懸つて居るし其間には何度も■の靜まつた事があるのから前にも申した通り船客の方から善後策に就て幾度も船長の决斷を强要したけれども優柔不斷にして而かも無能な船長は頑として動かず其間には平良保一氏なども船長と激論をして居る樣子であつたが之亦た容れられなかつたらしい、ろうする中に十一日の八時頃になると石炭は皆無盡きて仕舞つたモウドウする事も出來ない今は僥倖にして風の靜まるか不幸にして五十の生靈が魚腹に葬らるゝかは何れにしても手を空うして自然の成行をを待つ外はない事になつて仕舞つた、而かも船客は多く室内に橫臥して死人仝樣となり石炭の盡きた事も知らず錨のきれた事も知らないと云ふ始末
▲顚覆してから大騒 船は狂瀾の中■■沈して風は益々吹き募つて來る、運命■■々縮まるばかりだ而かも船客は猶ほ末■の近きを知るものがない、此期に及ぶと船長は客に對して一言の注意をだに興へなかつたのである、暫くすると船は轟然たる響と共に岸に乗り上げ船は橫さまに倒れて仕舞つた、一切夢中の闇に唯天佑■祈つて一縷の望を抱いて居た船客は此突然の顚覆に依りて始めて悲慘の末期を悟つたのである
▲室内の大混亂 舩■引つくり返つた客に取つては寢耳に水である、サア室内の混雑は非常なもの、人は横に轉が■合つて水は浸入して來る、女子供は悲鳴を擧げる、宛がら阿鼻叫喚の菴となつて仕舞つたが何しろ狭い舩室内に五十名の人間が重なり合つて而かも舩は横になつて居り突嗟の事ではあるから徒らに周章狼狽して室内は一大混亂、逃げ出ろうにも戸口は分らず聲を限りに叫べども肝腎の舩長は更に來ても呉れずアハヤ客を擧げて舩諸に其に沈まんとする所へ客の一名が棒を樿つて板壁を叩き割つて逃げ出したので我れ〱と壁を押し割つて漸つと外に出る事が出來た、斯う云ふ風に危機一髪の所をヤツト壁を割つて逃げた人も尠くないけれども女子供などは其間に合はずして室内に無殘の死を遂げたものが多い■、記憶せよ我々生命を預れる舩長は舩が沈んで客は室内に溺るゝ猶ほ之て救ひ出さうとはしなかつたのである
▲船長が先登第一 遭難者の他の一人は記者に語つて曰余は生來非常に舩に强いので如何なる風浪にも氣分に變りはない遭難の當夜は婦人の客などが大變に弱つて居るのに給仕■■り失■■浪弱つて來て呉れぬものだから自分が何呉れと世話燒いたりして居た位であるが丁度晩の八時頃に甲板に立つて居たら其刹■に船は岸に乗り上げて見事に顚覆し仝時に自分は海の中に振り落されて仕舞た自分は突然泳ぎ上つて船の欄干を攫へると共に其儘ジツトして考へて見た、船に歸つた所で今更仕樣がないドウしたら宜しからうと思つて居る所に舩員が四名大きな板に攫まつて陸を目持けて行くのを見たので自分も■から夫に泳ぎ付いて仲間入りを爲し板に攫つた■波に瑤られながら死物狂ひに陸と目掛て泳ぎ出した幸にして我々は山川矼の附近に泳ぎ付て萬死の中に一命を拾ふ事が出來た其時が丁度九時頃であつた助かつたものゝ中では我々が一番真つ先でなければならんのに何ぞ■らん舩長の水上署附近に上つたのが八時半頃だと云ふから我々より早き擧約三一分である、舩と死生を共にする可き舩長が先登第一の上陸者だつたとは驚くの外はありません
▲出鱈目の報告 ■まけに舩長の警察での報告は丸で出鱈目で死人は五十人名内外で機■士も死んだと云ふ事であつた■うですか八時に沈沒して八時半に上陸した人が五十名の溺死を見屆けたと如何して信ぜられますか現に無事で居る機關士によいくも死にましたと云へたものです云々
現代仮名遣い表記
◎船長の責任(二)
▲刻一刻末期未に近く 何しろ二日間も三重城の近海に懸って居るし、其間には何度も■の静まった事があるのから、前にも申した通り船客の方から善後策に就て。幾度も船長の决断を強要したけれども、優柔不断にして而かも無能な船長は頑として動かず、其間には平良保一氏なども船長と激論をして居る様子であったが、之亦た容れられなかったらしい。ろうする中に十一日の八時頃になると、石炭は皆無尽きて仕舞ったもうどうする事も出来ない。今は僥倖にして風の静まるか不幸にして、五十の生霊が魚腹に葬らるるかは何れにしても、手を空うして、自然の成行をを待つ外はない事になって仕舞った、而かも船客は多く室内に横臥して死人同様となり、石炭の尽きた事も知らず錨のきれた事も知らないと云う始末。
▲転覆してから大騒 船は狂瀾の中■■沈して、風は益々吹き募って来る、運命■■々縮まるばかりだ。而かも船客は猶お、末■の近きを知るものがない、此期に及ぶと船長は客に対して、一言の注意をだに興えなかったのである、暫くすると船は轟然たる響と共に、岸に乗り上げ船は横さまに倒れて仕舞った。一切夢中の闇に唯天佑■祈って一縷の望を抱いて居た船客は、此突然の転覆に依りて、始めて悲惨の末期を悟ったのである。
▲室内の大混乱 船■引っくり返った客に取っては、寝耳に水である。さあ室内の混雑は非常なもの、人は横に転が■合って水は浸入して来る、女子供は悲鳴を挙げる。宛がら阿鼻叫喚の菴となって仕舞ったが、何しろ狭い船室内に五十名の人間が重なり合って、而かも船は横になって居り、突嗟の事ではあるから徒らに周章狼狽して、室内は一大混乱。逃げ出ろうにも戸口は分らず声を限りに叫べども、肝腎の船長は更に来ても呉れず。あはや客を挙げて船諸に其に沈まんとする所へ、客の一名が棒を樿って板壁を叩き割って逃げ出したので、我れ我れと壁を押し割って、漸っと外に出る事が出来た。斯う云う風に危機一髪の所をやっと壁を割って逃げた人も尠くないけれども、女子供などは其間に合はずして、室内に無残の死を遂げたものが多い■、記憶せよ我々生命を預れる船長は船が沈んで客は室内に溺るる猶お、之て救い出そうとはしなかったのである。
▲船長が先登第一 遭難者の他の一人は記者に語って曰、余は生来非常に船に強いので、如何なる風浪にも気分に変りはない。遭難の当夜は婦人の客などが大変に弱って居るのに、給仕■■り失■■浪弱って来て呉れぬものだから、自分が何呉れと世話焼いたりして居た位であるが。丁度晩の八時頃に甲板に立って居たら、其刹■に船は岸に乗り上げて見事に転覆し、同時に自分は海の中に振り落されて仕舞た。自分は突然泳ぎ上って船の欄干を攫えると共に、其儘じっとして考えて見た、船に帰った所で今更仕様がないどうしたら宜しかろうと思って居る所に、船員が四名大きな板に攫まって陸を目持けて行くのを見たので、自分も■から夫に泳ぎ付いて仲間入りを為し板に攫った。■波に揺られながら死物狂いに陸と目掛て泳ぎ出した幸にして、我々は山川矼の附近に泳ぎ付て万死の中に一命を拾う事が出来た。其時が丁度九時頃であった。助かったものの中では、我々が一番真っ先でなければならんのに、何ぞ■らん船長の水上署附近に上ったのが八時半頃だと云うから、我々より早き挙約三一分である。船と死生を共にする可き船長が先登第一の上陸者だったとは驚くの外はありません。
▲出鱈目の報告 ■まけに船長の警察での報告は丸で出鱈目で、死人は五十人名内外で機関士も死んだと云う事であった。■うですか八時に沈没して八時半に上陸した人が、五十名の溺死を見届けたと如何して信ぜられますか。現に無事で居る機関士によいくも死にましたと云えたものです云々。