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◎八重山通信(十)

掲載年月日:1910/3/11(金) 明治43年
メディア:琉球新報社 1面 種別:記事

原文表記

◎八重山通信 (十)
 風俗(續)  鎭西老惜大
頃者文なしの二靑年が島の敎員の宅へ寄食して居た生れは兵庫縣と富山縣で來嶋の目的はと云へば驚くなかれ冒險世界の記事に魅せられ一攫千金を夢見て來たのであつたが其の曰くが面白い此の島は全島到る所天信翁の死屍が積んて山を爲して居ると聞きましたがと何處に天信翁が居るかと云はんばかり騙されたとて小言も云へずさも阿保しく間拔た顏で力なくなく歸つたものもあつた併も此の種に属する來島者が昨年來殆んど十有余名と計上されて居るのみならず近きは台灣遠きは東京大阪等より巡査や區長に宛てゝ往々此の類の照會があるよふだそれが何時■秘親展と來るから妙ではないか■他女護島てふ空想世界へぶらぶらと夢想其術を氣取る莫迦者が時々流れて來るには殆ど呆れざるを得ない之等は勿論度し難き厄介物には相違ないが亦■面から見れば其の愚寧ろ憐るむべきもので之れ必意斯る惡德文士の罪に歸するのである
茲に一つ面白い話がある今より三年前例の女護島の昔噺に■をぬかして來た不了簡者がある生■は確か奥州とばかり聞いたが既に分別盛の男でありながら御苦勞千万にも奥州くんだり與那國島三界へと憧がれ出し八重山島より與那國行きの帆船へ便乗し一夜蓬窓の中に樂しき夢を結び暁天に一叢の島影髣鬀として舷頭に現はるゝやあれあれこそ目指す女護島よと聞いては手の舞足の踏む所を知らず夢に夢見る心地して宛ら天へも上る嬉しさ港へ着いたら如何であらうか百千の美人がズラリと草履の原を中心として上陸せねはならん待てよ我が穿いた草履の持主は如何であらう若しか不運にして醜女の持主にあつたら何としようなどゝ下らぬ妄念が叢々と湧きて心臓の鼓動も一時に高まり懊惱煩悶天を拜して我に能き草履の持主を與へ給へかしと一心不乱に■雲■神に祈りつゝある中に舩は何時しか港口らしき嶋の一角に向つて募陸するのでやれ嬉しや彼方に見ゆるが名にし負ふ波多の濱か此の美人が足を宙に海岸へ馳せ付け我を歡迎するであらうなど自分勝手な空想に騙られ喜び勇んでメツトばかり舳先きに顯はれ濱邊を詰と眺むればアラ不思議水晶にも擬ふ美しき一帶の白濱に女どころか犬の一匹も見へぬ之れはしたり恁う云ふ筈ではなかつたが夫れとも例の草履はと切りに野心の目を光せば道は如何に鼻垂れ小僧只二人砂に塗れて角力を取つて居るのみであつた彼れは余りの失望に亞然として暫し物をも得言はず宛らがら宙ブライ立往生と云ふ頗る念の入つた滑稽劇を演じたのである併も此の珍無類の歴史を有する主人公は今尚ほ當地に現在■昨年頃漸く死に損ないの六十近き後家の婆さんを娶り開墾に從事して居るので一時は此の小天地に於ける一つ噺しとなつて居たさうな何を破天荒の珍話題ではなからうか

現代仮名遣い表記

◎八重山通信 (十)
 風俗(続)  鎮西老惜大
頃者文なしの二青年が島の教員の宅へ寄食して居た。生れは兵庫県と富山県で来嶋の目的はと云へば驚くなかれ、冒険世界の記事に魅せられ一攫千金を夢見て来たのであったが、その曰くが面白い。この島は全島到る所、天信翁の死屍が積んで山を為して居ると聞きましたがと、どこに天信翁が居るかと云はんばかり騙されたとて小言も云へず、さも阿保しく間抜た顔で力なくなく帰ったものもあった。併もこの種に属する来島者が昨年来殆んど十有余名と計上されて居るのみならず、近きは台湾、遠きは東京大阪等より巡査や区長に宛てて往々この類の照会があるようだ。それが何時■秘親展と来るから妙ではないか■、他女護島てう空想世界へぶらぶらと夢想、その術を気取る莫迦者が時々流れて来るには殆ど呆れざるを得ない。これらは勿論度し難き厄介物には相違ないが。、また■面から見ればその愚寧ろ憐るむべきもので、これ必意斯る悪徳文士の罪に帰するのである。
ここに一つ面白い話がある。今より三年前例の女護島の昔噺に■をぬかして来た不了簡者がある生■は確か奥州とばかり聞いたが、既に分別盛の男でありながら、御苦労千万にも奥州くんだり与那国島三界へと憧がれ出し、八重山島より与那国行きの帆船へ便乗し、一夜蓬窓の中に楽しき夢を結び、暁天に一叢の島影髣鬀として舷頭に現はるるや、あれあれこそ目指す女護島よと聞いては、手の舞、足の踏む所を知らず夢に夢見る心地して宛ら天へも上る嬉しさ。港へ着いたら如何であらうか百千の美人がズラリと草履の原を中心として上陸せねはならん、待てよ我が穿いた草履の持主は、如何であらう若しか不運にして醜女の持主にあったら何としようなどと、下らぬ妄念が叢々と湧きて心臓の鼓動も一時に高まり懊悩煩悶天を拝して、我に能き草履の持主を与へ給へかしと、一心不乱に■雲■神に祈りつつある中に、舩は何時しか港口らしき嶋の一角に向って募陸するので、やれ嬉しや彼方に見ゆるが名にし負ふ波多の浜か、この美人が足を宙に海岸へ馳せ付け我を歓迎するであらうなど、自分勝手な空想に騙られ喜び勇んでメツトばかり舳先きに顕はれ、浜辺を詰と眺むればアラ不思議、水晶にも擬ふ美しき一帯の白浜に、女どころか犬の一匹も見へぬ。これはしたり恁う云い筈ではなかったが、それとも例の草履はと切りに野心の目を光せば、道は如何に鼻垂れ小僧只二人砂に塗れて角力を取って居るのみであった。彼れは余りの失望に亜然として暫し物をも得言はず。宛らがら宙ブライ立往生と云う頗る念の入った滑稽劇を演じたのである。併もこの珍無類の歴史を有する主人公は、今尚ほ当地に現在■昨年頃漸く死に損ないの六十近き後家の婆さんを娶り、開墾に従事して居るので一時はこの小天地に於ける一つ噺しとなって居たさうな何を破天荒の珍話題ではなからうか。