キーワード検索

●古賀氏の祝宴

掲載年月日:1909/12/31(金) 明治42年
メディア:沖縄毎日新聞社 2面 種別:記事

原文表記

●古賀氏の祝宴
尖閣列島に於ける事業の成功に依りて過般藍綬章を授與せられたる古賀辰四郎氏の披露祝宴は豫報の如く一昨晩風月楼に開れたり而して官民の重なるもの百數名來りしかば風月楼の表座敷は各間とも皆な開放せられしも殆んど一杯に詰まり殊には其の祝宴が尖閣列島即ち無人島の開發事業に一代の熱誠を■て■ち得たる成功を祝する事とて種奇抜の興趣を帶びしより滿堂の来賓何となく快活の気を持ち通堂の紅裾と辻の白裾と共に打連れて配膳するや古賀氏は先づ立ちて一場の挨拶をなし夫れより日比知事、大久保中學校長、大村水産技師、岸本事務官、德田技師、河村事務官等が各其の執務上の立塲より若くは自ら目撃したる所によりて其の事業經營の實況又は成功■嘉みすべき所以を述べ大に之を稱揚し且つ之を祝するや喜入那覇区長■音頭を以て古賀氏の万歲を三唱して主客共に酒杯献酬の間に歡樂を尽したるは近來稀に見る所の宴席なりき吾人は其の事業の如何に價値ありて稱賛すべきものなりやを世に紹介せん爲めに明日の紙上より之を記述することゝなせり

現代仮名遣い表記

●古賀氏の祝宴
尖閣列島に於ける事業の成功に依りて、過般藍じゅ綬章を授与せられたる。古賀辰四郎氏の披露祝宴は、予報の如く一昨晩風月楼に開れたり。而して官民の重なるもの百数名来りしかば風月楼の表座数は、各間とも皆な開放せられしも、殆んど一杯に詰まり殊には其の祝宴が尖閣列島、即ち無人島の開発事業に一代の熱誠を■て■ち得たる成功を祝する物とて、一◯奇抜の興趣を悦びしより。満堂の来賓何となく快活の気を持ち、通堂の紅◯と辻の白◯と共に打連れて配膳するや、古賀氏は先づ立ちて一場の挨拶をなし、夫れより日比知事、大久保中学校長、大村水産技師、岸本事務官、徳田技師、河村事務官等が各其の執務上の立場より若くは自ら目撃したる所によりて、其の事業経営の実況又は成功■嘉みすべき所以を述べ、大に之を称揚し且つ之を祝するや、喜入那覇区長■音頭を以て、古賀氏の万歳を三唱して主客共に、酒杯献酬の間に歓楽を尽したるは、近来稀に見る所の宴席なりき。
 吾人は其の事業の如何に価値ありて、称賛すべきものなりやを世に紹介せん為めの、明日の紙上より之を記述することとなせり。