明治40年代

現代仮名遣い表記

本県勧業論（二）
若し夫れ勧業所費として計上されたる千九百余円の内、産業奨励費の一目に於て、本県と九州諸県との県合共進会奨励費其の半分を占め、原山勝負奨励費二百余円を計上せられあるも特別に取立てゝ評すべき価値ありとも想はれず、本県当局者特独の発意とも見へざればなり、只だ此の項目の中少しく注目すべきものありとせば其は水産を奨励すべき意向を示したる水産奨励費の四五百余円は幾分の価値なきにあらざるべし、聞く所によれば、右は県下水産業者の組合を造らしめ、其の補助金となすものなりと云ふ、県下の水産業は決して発達せりと云ふべからず、其の事業は極めて幼稚なり、一二有力者の努力して之れに任せるものなきにあらざるも、一般民度、水産に対して何等の感与を惹く所なし、糸満部落の人民等、亀勉事に当れりとするも、僅かに県内の需用を満たすに過きざるなり、県外若くは海外に向つて之れが需要を求むる迄には、未だ至れりと云ふべからず、一二紳商の之を紹介するにより、特種のものゝ県外、若くは海外に輸出されつゝあり、然かも未た県下の一大物産と称するまでには、至らざるなり、
されば此の幼稚なる境遇にある水産物に対して、益々奨励を加はへしむる一手段として、水産組合を造らしめ、之れに向つて相当の補助を与ふるは、一県地方の利益の為め応さに採るべきの手段方法ならざるべからず、然れども吾人は、此の水産組合が果して幾何の貢献を齎らすべく組織せらるゝやは疑問ならざるべからず、之れ本県当局者等が之を奨励するに方り、否な此の組合を創設するにつき組合員中組合創立委員の撰定は既に一籌を輪したるの形跡あればなりどす
水産組合を造るに方り、創立委員に、古賀氏の如き斯業老功の人を挙くるは可なり、然れども他の顔触を見るに、県下水産業者等が、其の人選に注意を欠き、組合の乱脉を未然に予防するの智能充分ならざるを表証するものなからず、夙に聞く所によれば、此の如き人物を創立委員の一人に加へたるは、県当局者等の指金の基とも云ふ益々以て可ならざるなり
大凡事は思ふに成りて、従ふに敗るとは古哲の金言なり、本県当局者等が水産組合を発起したるは、吾人之を諒せざるにあらず、然れども、其の事を為すの基ひは、宜しく深く注意する所なかるべからざる也、創立委員人選の如きは、即ち其一なりと信ず、要するに本県当局者水産奨励の主旨や可なり、其の事に従ふや未だ事情に徹底せさる所ありと云はざるべからず、之れ一方に於ては事を起し、他方に於ては早くも既に之を攘敗に導く、左牴右牾折角の善事を、未だ顕はれざるに、人をして弔辞を草せしむる所以なりとす
物産陳列所の設置、又た可ならざるにあらず、県下の物産に注目すべきものを一所に収集して、彼此を比較し、其の長短を知らしむるの道を講すると共に、需用の道を容易ならしむるは、県下産物奨励の一たらざるべからず、吾人は之れに向つて、敢て異存あるにあらずと雖ども、今期議会に於けるが如く、当局者等の説明曖昧模稜として、殆ど信憑すべき所なく、捕捉すべき所なきに於ては、果して吾人の理想する所及び一般の之れに対して理想する所と、相合致すべきやは疑問たるのみならず、其の説明の曖昧模稜なる丈け、夫れ丈け、本県当局者等の本県の産物と及び、此の陳列所に対する知識の程度如何を疑はしめざるべからず、要するに本県将来の利源を開発すべく、困りて以て其の世利民福を増進すべき勧業上一切の施設は、多く有耶無耶の裡に計画を立て曖昧の間に其の事業に対する任務を了せんとするに外ならざるが如し、之れ吾人の大に危嶮千万のことに思惟する所以なりとす