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恒藤博士の講話(下)

掲載年月日:1908/6/14(日) 明治41年
メディア:琉球新報社 2面 種別:記事

原文表記

恒藤博士の講話(下)
      琉球新報 明治四十一年六月十四日

(博士の校閲を經)
◎尖閣列島の地質 沖繩本島及び宮古八重山の両郡に就ては既に前來陳述する所の如しいでや之より尖閣列島に關して聊か所見を陳述すべし尖閣列島■石垣島の北方凡百哩の所にあり余の仝地滯在の日數は僅かに四五日に過ぎずと雖其間の經驗に依れば滊候は概して先島よりも適順にして多少の冷氣あり尤も仝島の位處は之を八重山に比す■時は緯度も一度程北方にあるを以て氣温の低さは素より當然の事とは云ひながら又別途の原因をあ■事■思はる之等は余の専門外に亘るにより敢て断言を憚ると雖も余の推定する所に依ば尖閣列島の近海は黒潮の流域に當るを以て單に此關係のみを以て云ふ時は今少しく暖かなるべきに實際は前述の如く冷氣ある所以のものと蓋し支那沿海より來れる別種の潮流が仝島の近海に於て黒潮と相衝合するが爲めならんと推測せらるるは兎■角として尖閣列島の海鳥群集は豫ねて聞きたる所なるも今回實地の觀察を遂ぐるに及んで其實際なる事を承知したり殊に南北小島の實況は實に意外にして無類の群鳥が岩礁の間に飛翔するや天日爲めに光を減するの觀あり此南北小島の地質は第三期岩層に属す而して全島少しも樹木なく僅かに岩の間に雑草の生育■たるのみなるが群鳥の排泄物即ち鳥糞は其間に包蓄せられ臭■粉々として殆んど鼻持のならぬ有様にあり尤も仝島の狀況は骨岩を暴露するを以て其排泄物の全部を蓄積するが如きは不可能なり■■猶ほ場所によりては随分鳥糞の蓄積せられたるを認めたり而して其産量は決して無限とは云ひ難きも適當の方法を以て之を採集するに於ては
◎貴重なる肥料 の原料として使用する事を得べし次に和平山と稱する列島中の一は之も第三期の地質にして全島樹木鬱蒼として潤水流出し住居には結捎の土地なり此處も昔は群鳥の來集ありしと見へ土地は今■ほ肥沃を極む之れ鳥糞の原因に歸するものにして現時に於ても或■の鳥類は來集する所ありとの事なり然し仝島には樹木が非常に繁茂し居れば海鳥の椿島には便なきを以て最早や昔時の如き多數の鳥類は群集せざるべし次ぎは黄尾島にして之は一種特別の地質より成り全島玄武岩より成れり地勢は火山の形狀を爲し恰かも富士を平にした■が如し而して右の如き玄武岩の土壌は鳥糞を含蓄する■極めて適當なる性質あるに拘はらず屢々■■■■■■中にはさまで多分の肥料分を含有せず心■かに奇怪■堪へさる所なりしに今■踏査するに及び果して余の想像通り地位に■りて鳥糞の蓄積する所あるを認めたり伹し當地方の如き熱帶地方は激■多き■■鳥糞の全部を蓄積する事は固より不可能にして只土壌の吸收し■る限度にあるを以て彼の南米秘■の如き年中降雨■き地方の眞の海鳥糞とは全く其性質を異にする物なり然■南洋諸島より琉球邊に掛けては到底斯くの如き海鳥糞の産出を望む可らず先づ日本版國内にては云ふ迄もなく南洋諸島豪洲邊に於ても尖閣列島以上に鳥糞の包蓄せられたる所は余が十數年來の調査に於て未だ發見せざる所なり而して其品位及び肥料分の含有の割合等に至つては地位局部に依りて大に差異を呈する有様にてあれば之を探集するにも適當なる方法に以てするにあらざれは有利的に經營する能はざるものな■■■すれば玉石混合の不利に陥るを免れざるなり現時蓄積する肥料を探集すると共に一方には相當の保護策を講じて事業の永續を圖り縣下は勿論進んで内地にも輸出して之を生産原料に供する事とせば大に我生産上に効益ある事疑なき所なり以上縣下に於て余が今回の實視より推定したる地質の關係を述べたるが之より少しく専門外に亘ると雖參考として土地より判断したる
◎衛生的觀察 に就きて説く所あらんとす縣下惡疫■流行地たる西表島は第三紀の岩層より成れり抑此第二紀の土地は概して人蓄の健康上には良好ならざる土壌にして内地にあつても■様なり又本島も右の第三紀の所各所にあれども其上に數十尺の珊瑚礁を以て一面に蔽われたれは直接何の關係をも有せず然るに西表島は其殆んど全部第三紀の地盤にして之に村落を構成しあり果してマラリヤの病地たる原因が茲に存するものな■か否やは余の断言に懌る所なりと雖總じて仝島の如く第三紀の地層が土地の表面に露出せる地方は植物は別物とし人畜の生息には甚だ不良なるの實例少からず一体此岩層より構成されたる土地は水氣の透通不良にして惡水停滯し殺菌作用行はれざるの結果自然に惡疫の發生を誘すものにあらざるか兎に角其類■は北海道の十勝地方にもあり東北地方其他不健康地と云はれたる所は皆此岩層の露出せる所にあらざるはなきなり又石垣島に於る有病地無病地と云ふ所を見るに無病地は何れも珊瑚の台地ならざるなく有病地に入れば直ちに地質を異にし多くは皆第三紀若くは火山岩等の土地なり猶與那國■地質は亦頗る此の關係に就き興味あるものゝ如し同地は素より病害地にあらず然るに仝島にも西表島の如く第三紀の地層發達しあれども何れも山地にして而して村落の在る所は中央を■■して珊瑚礁の地盤を成す所にあり土地■肥沃なる點にあつては第三紀の地も敢て珊瑚地に劣らさ■に村落は珊瑚地に位■を占めたるが如きは自然の敎ゆる所ありて然る譯なるか誠に妙とする事共なり元來珊瑚礁は石灰分より成れるものなれは其分解の結果は共に有毒物を■散分解するの妙効あれは消毒作用を常々爲すものと認めて可なりされは此性質の土地の衛生上甚だ好都合なる事は爭ふ可らざる所にして若し沖繩本島にても西表の如く第三紀の地盤露出して表面に珊瑚礁なしとせば其不健康地たる事西表島と異るもの無きに至るやも知る可らず第三紀の岩層最も健康上不良の岩種は頁岩の土地なり此地の改良は大に排水工事を施設するより外に良策なし排水工事に就ては嘗て北海道地方に於ても其有効の例証少からず有病地を變して健康地たらしめ爾來鐵道も敷設せられ市街村落も構成され年を遂ふて繁昌するに至りたりされど排水工事は大仕掛の事業にてもあり且つ地方經濟上の關係もありて容易に實行し難きの事情もあれば先づ位置と地質を選んで村落を移す事最も肝要急務なるべしと信ず次ぎに土木上の參考として
◎道路開鑿に關する注意 を叙説せんに珊瑚礁の土地は道路を作るに最も便宜なり之を以て堅牢の道路を作る事難きにあらずと雖珊瑚礁のみを以て作る時は元來がアルカリ性のものゝみに依り築き立てたる道路なるを以て雨水■泌み込むに逢へば脆くも崩■するを免れず之と配合すべきものは火山灰を可なりとす珊瑚■交ふるに此火山灰を以てすれば天然のセメントとも云ふべき堅牢のものを作■事を得べし然れども此火山灰は容易に得らるゝものにあらざるが故に一寸注文に應じ難しとするも幸にして國頭地方には火山灰にはあらざれども古生紀の岩層より成る土石あるを以て之を島尻中頭の土に配合して使用する時は極めて善良の道路たるを得べし又八重山郡には花崗岩あるを以て之を珊瑚礁に交ふるを得策とすべきなり之は單に地質上よりせる土木の注意にして單に一の參考として開陳したるに留るものなり之を要するに本縣の如き
◎特異の土地 は之れに適當したるものを仕立ざる可らず此點は深く研究するの必要あり特異の土地には作物に依つて適せざる事もあるが上に本縣の如く周圍の巨離■■の土地に於ては地方の經濟上にも殊に注意する所なかる可らず若し其種類を撰ばず■暗■物ずきに耕種するに於ては地力を減耗して其結果地味の恢復に多額の費用を要するが如き經濟上の不利益を來す事となるべし然るに砂糖の産出には別に地力の減耗を見ることなきのみならず、自然的に適當の特産物たるが故に大に之を栽植し培養製造の法と改良講究せば前途益す■■なる事余の確信する所なり終りに臨みて肥料の事を一言すべし肥料は近時各種の人造肥料現はれたるも特異の土地には又特殊の肥料を要するを以て其撰擇に就ては充分なる注意を要す若し本縣下に輸入せられたる肥料にして硫酸アンモニアの如きものを多く配合しあるとせんか折角の肥料が石灰の爲めに遊離飛散せしむことゝなり大に肥料分を減少し結局不經濟に歸することあるべし故に肥料の問題は大切なると共に猶ほ進んで土地に合理的のものを使用し之を基礎として増殖を計り生産費を節約することを得ば其利益頗る多大なる可きにより肥料の選擇は本縣下の爲めに極めて興味ある重要の問題たるを信ずるものなり 

現代仮名遣い表記

恒藤博士の講話(下)
      琉球新報 明治四十一年六月十四日

(博士の校閲を経)
◎尖閣列島の地質 沖縄本島及び宮古、八重山の両郡に就ては、既に前来陳述する所の如し。いでや之より尖閣列島に■して聊か所見を陳述すべし。尖閣列島■石垣島の北方凡百哩の所にあり。余の同地滞在の日数は僅かに四、五日に過ぎずと雖、其間の経験に依れば、気候は概して先島よりも適順にして多少の冷気あ■。尤も同島の位処は之を八重山に比す■時は緯度も一度程北方にあるを以て気温の低さは元より当然の事とは言いながら、又別途の原因もあ■事■思わる。之等は余の専門外に亘るにより敢て断言を憚ると雖も、余の推定する所に依ば、尖閣列島の近海は黒潮の流域に当るを以て単に此関係のみを以て言う時は今少しく暖かなるべきに、実際は前述の如く冷気ある所以のものと、蓋し支那沿海より来れる別種の潮流が同島の近海に於て黒潮と相衝合するが為めならんと推測せらるるは兎■角として、尖閣列島の海鳥群集は予ねて聞きたる所なるも、今回実地の観察を遂ぐるに及んで其実際なる事を承知したり。殊に南北小島の実況は実に意外にして、無類の群鳥が岩礁の間に飛翔するや天日為めに光を減ずるの観あり。此南北小島の地質は第三期岩層に属す。而して全島少しも樹木なく、僅かに岩の間に雑草の生育■たるのみなるが、群鳥の排泄物即ち鳥糞は其間に包蓄せられ、臭■粉々として殆んど鼻持のならぬ有様にあり。尤も同島の状況は骨岩を暴露するを以て其排泄物の全部を蓄積するが如きは不可能なり■。猶お場所によりては随分鳥糞の蓄積せられたるを認めたり。而して其産量は決して無限とは言い難きも、適当の方法を以て之を採集さるに於ては、
◎貴重なる肥料 の原料として使用する事を得べし。次に和平山と称する列島中の一は、之も第三期の地質にして、全島樹木鬱蒼として潤水流出し、住居には結構の土地なり。此所も昔は群鳥の来集ありしと見え、土地は今■お肥沃を極む。之れ鳥糞の原因に帰するものにして、現時に於ても或■の鳥類は■■する所ありとの事なり。然し同島には樹木が非常に繁茂し居れば、海鳥の棲息には便なきを以て、最早や昔時の如き多数の鳥類は群集せざるべし。次ぎは黄尾島にして、之は一種特別の地質より成り、全島玄武岩より成れり。地勢は火山の形状を為し、恰かも富士を平にした■が如し。而して右の如き玄武岩の土壌は鳥糞を含蓄する■極めて適当なる性質なるに拘わらず、屢々■■■■■■中にはさまで多分の肥料分を含有せ■。心■かに奇怪■堪えざる所なりしに今■踏査するに及び、果して余の想像通り地位に■りて鳥糞の蓄積する所あるを認めたり。伹し当地方の如き熱帯地方は激■多き■■鳥糞の全部を蓄積する事は固より不可能にして、只土壌の吸収し■る限度にあるを以て彼の南米秘■の如き年中降雨■き地方の真の海鳥糞とは全く其性質を異にする物なり。然■南洋諸島より琉球辺に掛けては到底斯くの如き海鳥糞の産出を望む可らず。先づ日本版国内にては言う迄もなく、南洋諸島濠州辺に於ても、尖閣列島以上に鳥糞の包蓄せられたる所は、余が十数年来の調査に於て未だ発見せざる所なり。而して其品位及び肥料分の含有の割合等に至っては、地位局部に依りて大に差異を呈する有様にてあれば、之を採集するにも適当なる方法を以てするにあらざれば有利的に経営する能わざるものな■■■すれば玉石混合の不利に陥るを免れざるなり。現時蓄積する肥料を採集すると共に、一方には相当の保護策を講じて事業の永続を図り、県下は勿論進んで内地にも輸出して之を生産原料に供する事とせば、大に我生産上に効益ある事疑なき所なり。以上県下に於て余が今回の実視より推定したる地質の関係を述べたるが、之より少しく専門外に亘ると雖、参考として土地より判断したる。
◎衛生的観察 に就きて説く所あらんとす。県下悪疫■流行地たる西表島は第三紀の岩層より成れり。抑此第三紀の土地に概して人蓄の健康上には良好ならざる土壌にして、内地にあっても■様なり。又本島も右の第三紀の所各所にあれども、其上に数十尺の珊瑚礁を以て一面に蔽われたれば直接何の関係をも有せず。然るに西表島は其殆んど全部第三紀の地盤にして之に村落を構成しあり。果してマラリヤの病地たる原因が茲に存するものな■か否やは余の断言に憚る所なりと雖、総じて同島の如く第三紀の地層が土地の表面に露出せる地方は、植物は別物とし人畜の生息には甚だ不良なるの実例少からず。一体此岩層より構成されたる土地は水気の透通不良にして悪水停滞し、殺菌作用行われざるの結果、自然に悪疫の発生を誘すものにあらざるか。兎に角其類■は北海道の十勝地方にもあり。東北地方其他不健康地と言われたる所は皆、此岩層の露出せる所にあらざるはなきなり。又石垣島に於る有病地無病地と言う所を見るに、無病地は何れも珊瑚の台地ならざるなく、有病地に入れば直ちに地質を異にし、多くは皆第三紀若くは火山岩等の土地なり。猶与那国■地質は亦頗る此の関係に就き興味あるものゝ如し。同地は元より病害地にあらず。然るに同島にも西表島の如く第三紀の地層発達しあれども、何れも山地にして、而して村落の在る所は中央を■■して珊瑚礁の地盤を成す所にあり。土地■肥沃なる点にあっては第三紀の地も敢て珊瑚地に劣らさ■に、村落は珊瑚地に位■を占めたるが如きは自然の教ゆる所ありて然る訳なるが誠に妙とする事共なり。元来珊瑚礁は石灰分より成れるものなれば、其分解の結果は共に有毒物を■散分解するの妙効あれば、消毒作用を常々為すものと認めて可なり。されば此性質の土地の衛生上甚だ好都合なる事は争う可らざる所にして、若し沖縄本島にても西表の如く第三紀の地盤露出して表面に珊瑚礁なしとせば、其不健康地たる事西表島と異るもの無きに至るやも知る可らず。第三紀の岩層最も健康上不良の岩種は頁岩の土地なり。此地の改良は大に排水工事を施設するより外に良策なし。排水工事に就ては嘗て北海道地方に於ても其有効の例証少からず。有病地を変じて健康地たらしめ、爾来鉄道も敷設せられ、市街村落も構成され、年を遂うて繁昌するに至りたり。されど排水工事は大仕掛の事業にてもあり、且つ地方経済上の関係もありて、容易に実行し難きの事情もあれば、先づ位置と地質を選んで村落を移す事最も肝要急務なるべしと信ず。次ぎに土木上の参考として、
◎道路開鑿に関する注意 を叙説せんに、珊瑚礁の土地は道路を作るに最も便宜なり。之を以て堅牢の道路を作る事難きにあらずと雖、珊瑚礁のみを以て作る時は元来がアルカリ性のものゝみに依り築き立てたる道路なるを以て、雨水■泌み込むに逢えば脆くも崩■するを免れず。之と配合すべきものは火山灰を可なりとす。珊瑚■交うるに此火山灰を以てすれば、天然のセメントとも言うべき堅牢のものを作る事を得べし。然れども此火山灰は容易に得らるゝものにあらざるが故に、一寸注文に応じ難しとするも、幸にして国頭地方には火山灰にはあらざれども古生紀の岩層より成る土石あるを以て、之を島尻中頭の土に配合して使用する時は極めて善良の道路たるを得べし。又八重山郡には花崗石あるを以て之を珊瑚礁に交うるを得策とすべきなり。之は単に地質上よりせる土木の注意にして、単に一の参考として開陳したるに留るものなり。之を要するに本県の如き、
◎特異の土地 は之れに適当したるものを仕立ざる可らず。此点は深く研究するの必要あり。特異の土地には作物に依って適せざる事もあるが上に、本県の如く周囲の巨離■■の土地に於ては地方の経済上にも殊に注意する所なかる可らず。若し其種類を選ばず■暗■物ずきに耕種するに於ては地力を減耗して、其結果地味の回復に多額の費用を要するが如き経済上の不利益を来す事となるべし。然るに砂糖の産出には別に地力の減耗を見ることなきのみならず、自然的に適当の特産物たるが故に大に之を栽植し、培養製造の法を改良講究せば、前途益す■■なる事余の確信する所なり。終りに臨みて肥料の事を一言すべし。肥料は近時各種の人造肥料現われたるも、特異の土地には又特殊の肥料を要するを以て其撰揮に就ては充分なる注意を要す。若し本県下に輸入せられたる肥料にして硫酸アンモニアの如きものを多く配合しあるとせんが、折角の肥料が石灰の為めに遊離飛散せしむことゝなり、大に肥料分を減少し、結局不経済に帰することあるべし。故に肥料の問題は大切なると共に猶お進んで土地に合理的のものを使用し、之を基礎として増殖を計り、生産費を節約する事を得ば、其利益頗る多大なる可きにより、肥料の選揮は本県下の為めに極めて興味ある重要の問題たると信ずるものなり。