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恒藤博士の講話(上)

掲載年月日:1908/6/13(土) 明治41年
メディア:琉球新報社 2面 種別:記事

原文表記

恒藤博士の講話(上)
      琉球新報 明治四十一年六月十三日

(博士の校閲を經)
◎世界的特異の地質 沖繩諸島が其地質上に於て世界的特異の性を具有せる事は余の嘗て耳にしたる所なりしが今般來遊して親しく寛地の觀察を遂ぐるに及び茲に始めて其眞なるを確むる事を得たり凡そ農業生産を圖るに於ては種々講究すべき要素あ■中にも天然的要素は生産上に重大の關係を有するものなり其外經濟上の關係も見遣す可らすと雖どもこれは人力を以て固より施設し得べきものにて例せは生産地と市場との關係販路等■至ては豫め能く講究して生産の發達を計り得べきものにて人爲自由の範圍内の仕事なり然るに天然に至つては假令■或程度までは人力を以て抵抗すべしとなるも夫れ以上は到底避しべきの途なしされば地方の農業生産を■らんと欲せば先づ天然の性質如何を明かにするにあらざれば往々蹉躓失敗に陥るを免れざるなり天然的性質とは即ち土地と氣候にして氣候の天然的勢力は頗る重大なりと雖之に就ては充分實驗せられたる範圍内に属するを以て別に細説の要を認めず獨り土地の生産的關係に就ては從來一般に餘り重要視せられざる傾向あり内地府縣にあつては兎も角も當縣内の如き風土上特異の地位に在る所にあつては農業と地質上の關係土壌の性質等の如きにあつては充分に之を講究し其性質に基き生産を計り産業を奨励する■とせざる可らさるに依り余は之に關する觀察の要を叙説して聊か縣民の參考に資すべし抑も本縣の耕地は一種特異の土質を具へ内地は勿論全地球上に就ても他に比類なき一種の特質を有し本島の島尻中頭二郡と離島の多くは珊瑚礁の風化より構成せられたる土地にして殆んど全部石灰分より成れり尤も石灰を含有せるマールと稱する土地は欧米諸邦にも其例ありて重要なる生産地を爲せども當地方の如く珊瑚礁より成れる廣大なる農業地は未だ曾て他地方に於て見ざる所にして之が即ち本縣下が特有とする次第にして而して此珊瑚礁の土地は年代に依りて之を二種に區別するを得べし島尻中頭二郡の臺地若くは丘陵の土地は全部悉く第三期時代に構成せられたるものに係り學術上より云へは隆起珊瑚岩礁の土地にして表層は單に一の赤土に過ぎざるが如きも其實質は石灰より成りたる土壌にして且つ此時代のものは單に石灰分のみならず他に■々の生物も現存したる事なれば從つて燐酸の如き植物營養に堅要なる成分にも豊富なれば實に貴重の土壌と認めて不■なき有様にて此の如き特質を具ふる土地なるが故に之に耕種して適當なる作物も自然無ければならぬ譯にて即ち自然の敎ふる所にてあるものか甘蔗■如き特有作物は殊に適當せる作物として不可なからん適當を云ふより寧ろ之を耕種するに便宜ある土地と云ふて可なり
◎甘蔗■耕作に就て 由來隆起珊瑚礁は其構成の時代に種々の海棲動物發育盛なりしと見へ其中には多く分泌せしものもありしならん從つて珊瑚礁の土壌中にも燐酸の如き肥料充分に富む所あり之が殊に甘蔗の栽培上に最も有効な■關係を有する物にして而して氣候の點より見■時に熱帶地方なれは斯くの如き植物に適當せる事勿論にして甘蔗■栽培には旁た好都合なりと云ふて可なり前途倍々此栽培を盛にし種類■■上の改良及び製法に就き大■改良を實行して大に物産の増殖を企画すべし而して珊瑚礁の土地は均一にして内地の如く各所地味を異にするが如き事なく同一特性を具有せる土地にして面積頗る廣潤なるにより甘蔗其他の作物の培養法に就ても夫々一定したる合理的方法を講究し之を實行するに於て頗る便益を有する次第なれば此邊に就ても深く注意せざる可らず以上は單に島尻中頭二郡のみ■止らず宮古全島■悉く珊瑚礁より成れり伹■其土地は本島の如く耕作に使用したる年數も多く經過し居らざるを以て未だ充分の農耕地■云ふを得ざる所あれども珊瑚礁の土地にして豊富なる所■同様なり其他宮古に接近せる小群島も亦之■異■ものなきなり
◎他の地質の土地 本島内には珊瑚礁に緣故■き古生紀と稱する一種の岩層の土地あり此土質の地は國頭の殆んど全部を占め地勢山岳■富む有様な■而して此古生紀の土地は獨り本縣下のみならず内地各地にもありて農産上種々有益なる土地を構成し居れり近くは熊本方面にては■北の有名なる森林あり其他全國中柑橘の名産地紀州及び豊後の佐伯より臼杵地方若くは三重縣の鳥羽地方の如き凡そ柑橘類の生産地として名を知られたる所は悉く之と同一の土質に属す國頭地方も亦確かに柑橘類及び其他の果樹の栽培地として適當すべき事は更に疑を客れざる所なり而して此地質には現時當縣にて大に奨励しつゝある樟樹は殊に適當にして地方の全力を擧げて之を栽培すべきなり現に余が過般國頭の農學校を訪ひし時に實見したる樟は其發育甚だ良好にして殆んど樟樹■は思はれぬ程に繁茂し居たりされば國頭の山■が樟樹の適地たる事は爭ふ可らざる事實なれば今後大に樟の植林を行ひて可なるを信ず猶ほ其他に此地に希■産物としては
◎茶を栽培すべし 無論國頭地方に於ては宇治茶の如き玉■製は望むべきにあらず之れ其氣候上到底望み難しと雖此土質の茶の生産に適する事は疑を容れざる所なり茶は森林渓谷の地をトして栽植を爲すを可とす此地質は内地■あつては茶の名産地を爲せ■熊本地方の山中に自然茶の發生する所は即ち之と同様の土地にして其宇治の茶産地も亦同じ要するに國頭地方に於ては先づ暴風の被害に對する用意を講じたる上柑橘類其他の果樹類及び茶を作るを適當と思考す而して柑橘類に就ては氣候に適當せる種類を撰はざる可らず差當りレモンの如きは其有利なる産物の一たるべし現今レモンの需用は頗る廣くして販路は殆ど無限なるを以て將來之を作りて或は生物にて販賣し或は製品として販路の擴張を圖るに於ては或は一大有望なる産物として數へらるゝに至らん伹し栽培を爲すに就ては山林を開拓して一局部に大仕掛の事業を爲すが如きは素より不可なり唯各農家に於て其本業の餘閑に山間暴風又は監風の當らざる所に之か栽培を試むべしと云ふに外ならず其他國頭郡ハ桑の栽培にも適せりと云へども桑樹に就ては何れの地方も自然に發生しあれは今更説くまでもなき事なり本島三郡の地質は大体以上の如きものなるが次ぎに
◎八重山郡島は如何 と云ふにこは琉球列島の中にても又獨特の地質に属し周圍の海岸は本島の如く珊瑚岩層より構成せられたる土地なれ共其他は種々の岩層地質あり殆んと内地に於ける各種■地質を此小廣■の地に集め居れり花崗岩あり火山岩あり又古生紀第三紀■土地あり就中花崗岩と國頭地方に於けるが如き古生紀の岩地の土壌は最も多大の價値を有し花崗岩の土壌は殊に八重山の氣候と相俟つて頗る良好の農業地たる事を得べし而して此花崗岩及古生紀の土地は多く牧場として使用せられ牧場には最も適當の土地なるを以て將來大に牧草を仕立てゝ牧畜の繁殖を圖るべきなり伹し注意せざ■可らざるは如何に牧畜に適したりとも其程度を離れ面積に比して乱暴に多數を放牧するが如きは甚だ不可な■内地各府縣に於ける牧畜と地力の關係に就て余は曾て先輩の西洋人と共に調査したる所あり結局日本の牛馬一頭に對して牧場四町歩の割合とすれば決して地力の減耗を來す事なく永久に持續するを得べしとの事に一致する所ありしを以て八重山の牧畜に於ても頭數の制限は大凡比の割合に準據せは可なりと思考す其他與那國も地質の點に就き推察するに地味■豊沃なる事前述■■地と罪なる所あらざるべし

現代仮名遣い表記

恒藤博士の講話(上)
      琉球新報 明治四十一年六月十三日

(博士の校閲を経)
◎世界的特異の地質 沖縄諸島が其地質上に於て、世界的特異の性を具有せる事は余の嘗て耳にしたる所なりしが、今般来遊して親しく実地の視察を遂ぐるに及び、茲に始めて其真なるを確むる事を得たり。凡そ農業生産を図るに於ては種々講究すべき要素あ■。中にも天然的要素は生産上に重大の関係を有するものなり。其外経済上の関係も見通す可らずと雖ども、これは人力を以て固より施設し得べきものにて、例せば生産地と市場との関係販路等■至ては予め能く講究して生産の発達を計り得べきものにて、人為自由の範囲内の仕事なり。然るに天然に至っては仮令■或程度までは人力を以て抵抗すべしとなるも、夫れ以上は到底避しべきの途なし。されば地方の農業生産を■らんと欲せば、先づ天然の性質如何を明かにするにあらざれば、往々蹉躓失敗に陥るを免れざるなり。天然的性質とは即ち土地と気候にして、気候の天然的勢力は頗る重大なりと雖、之に就ては充分実験せられたる範囲内に属するを以て、別に細説の要を認めず。独り土地の生産的関係に就ては、従来一般に余り重要視せられざる傾向あり。内地府県にあっては兎も角も、当県内の如き風土上特異の地位に在る所にあっては、農業と地質上の関係土壌の性質等の如きにあっては充分に之を講究し、其性質に基き生産を計り、産業を奨励する■とせざる可らざるに依り、余は之に関する観察の要を叙説して、聊か県民の参考に資すべし。抑も本県の耕地は一程特異の土質を備え、内地は勿論全地球上に就ても他に比類なき一種の特質を有し、本島の島尻中頭二郡と離島の多くは珊瑚礁の風化より構成せられたる土地にして、殆んど全部石灰分より成れり。尤も石灰を含有せるマールと称する土地は欧米諸邦にも其例ありて重要なる生産地を為せども、当地方の如く珊瑚礁より成れる広大なる農業地は未だ曾て他地方に於て見ざる所にして、而して此珊瑚礁の土地は年代に依りて之を二種に区別するを得べし。島尻中頭二郡の台地若くは丘陵の土地は全部悉く第三期時代に構成せられたるものに係り、学術上より言えば隆起珊瑚岩礁の土地にして、表層は単に一の赤土に過ぎざるが如きも、其実質は石灰より成りたる土壌にして且つ此時代のものは単に石灰分のみならず、他に■々の生物も現存したる事なれば、従って燐酸の如き植物営養に堅要なる成分にも豊富なれば、実に貴重の土壌と認めて不■なき有様にて、此の如き特質を備うる土地なるが故に之に耕■して適当なる作物も自然無ければならぬ訳にて、即ち自然の教うる所にてあるものか。甘蔗■如き特有作物は殊に適当せる作物として不可な■らん。適当を言うより寧ろ之を耕種するに便宜ある土地と言うて可なり。
◎甘蔗■耕作に就て 由来隆起珊瑚礁は其構成の時代に種々の海棲動物発育盛なりしと見え、其中には多く分泌せしものもありしならん。従って珊瑚礁の土壌中にも燐酸の如き肥料充分に富む所あり。之が殊に甘蔗の栽培上に最も有効な■関係を有する物にして、而して気候の点より見た時に、熱帯地方なれば斯くの如き植物に適当せる事勿論にして、甘蔗■栽培には旁た好都合なりと言うて可なり。前途倍々此栽培を盛にし、種類■■上の改良及び製法に就き大■改良を実行して大に物産の増殖を企画すべし。而して珊瑚礁の土地は均一にして、内地の如く各所地味を異にするが如き事なく同一特性を具有せる土地にして、面積頗る広潤なるにより、甘蔗其他の作物の培養法に就ても夫々一定したる合理的方法を講究し、之を実行するに於て頗る便益を有する次第なれば、此辺に就ても深く注意せざる可らず。以上は単に島尻中頭二郡のみ■止らず、宮古全島■悉く珊瑚礁より成れり。伹■其土地は本島の如く、耕作に使用したる年数も多く経過し居らざるを以て、未だ充分の農耕地■言うを得ざる所あれども、珊瑚礁の土地にして豊富なる所■同様なり。其他宮古に接近せる小群島も亦之■異■ものなきなり。
◎他の地質の土地 本島内には珊瑚礁に縁故■き古生紀と称する一種の岩層の土地あり。此土質の地は国頭の殆んど全部を占め、地勢山岳■富む有様な■。而して此古生紀の土地は独り本県下のみならず内地各地にもありて農産上種々有益なる土地を構成し居れり。近くは熊本方面にては■北の有名なる森林あり。其他全国中柑橘の名産地、紀州及び豊後の佐伯より臼杵地方、若くは三重県の鳥羽地方の如き凡そ柑橘類の生産地として名を知られたる所は、悉く之と同一の土質に属す。国頭地方も亦確かに柑橘類及び其他の果樹の栽培地として適当すべき事は更に疑を容れざる所なり。而して此地質には現時当県にて大に奨励しつゝある■樹は殊に適当にして、地方の全力を挙げて之を栽培すべきなり。現に余が過般国頭の農学校を訪いし時に実見したる樟は、其発育甚だ良好にして殆んど樟樹■は思われぬ程に繁茂し居たり。されば国頭の山■が樟樹の適地たる事は争う可らざる事実なれば、今後大に樟の植林を行いて可なるを信ず。猶お其他に此地に希望産物としては、
◎茶を栽培すべし 無論国頭地方に於ては宇治茶の如き玉■製は望むべきにあらず。之れ其気候上到底望み難しと雖、此土質の茶の生産に適する事は疑を容れざる所なり。茶は森林渓谷の地を占して栽植を為すを可とす。此地質は内地■あっては茶の名産地を為せ■熊本地方の山中に自然茶の発生する所は、即ち之と同様の土地にして其宇治の茶産地も亦同じ。要するに国頭地方に於ては先づ暴風の被害に対する用意を講じたる上、柑橘類其他の果樹類及び茶を作るを適当と思考す。而して柑橘類に就ては気候に適当せる種類を選ばざる可らず。差当りレモンの如きは其有利なる産物の一たるべし。現今レモンの需用は頗る広くして、販路は殆ど無限なるを以て将来之を作りて或は生物にて販売し、或は製品として販路の拡張を図るに於ては、或は一大有望なる産物として数えらるゝに至らん。伹し栽培を為すに就ては、山林を開拓して一局部に大仕掛の事業を為すが如きは元より不可なり。唯各農家に於て、其本業の余閑に山間暴風又は堅風の当らざる所に之の栽培を試むべしと言うに外ならず。其他国頭郡は桑の栽培にも適せりと言えども、桑樹に就ては何れの地方も自然に発生しあれば、今更説くまでもなき事なり。本島三郡の地質は大体以上の如きものなるが次ぎに、
◎八重山郡島は如何 と言うに、こは琉球列島の中にても又独特の地質に属し、周囲の海岸は本島の如く珊瑚岩層より構成せられたる土地なれ共、其他は種々の岩層地質あり。殆んど内地に於ける各種■地質を此小広■の地に集め居れり。花崗岩あり火山岩あり、又古生紀第三紀■土地あり。就中花崗岩と国頭地方に於けるが如き古生紀の岩地の土壌は最も多大の価値を有し、花崗岩の土壌は殊に八重山の気候と相俟つ■頗る良好の農業地たる事を得べし。而して此花崗岩及古生紀の土地は多く牧場として使用せられ、牧場には最も適当の土地なるを以て将来大に牧草を仕立てゝ牧畜の繁殖を図るべきなり。伹し注意せざ■可らざるは、如何に牧畜に適したりとも其程度を離れ、面積に比して乱暴に多数を放牧するが如きは甚だ不可な■。内地各府県に於ける牧畜と地力の関係に就て余は曾て先輩の西洋人と共に調査したる所あり。結局日本の牛馬一頭に対して牧場四町歩の割合とすれば、決して地力の減耗を来す事なく永久に持続するを得べしとの事に一致する所ありしを以て、八重山の牧畜に於ても頭数の制限は大凡此の割合に準拠せば可なりと思考す。其他与那国も地質の点に就き推察するに地味■豊沃なる事前述■■地と異なる所あらざるべし。