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八重山群島(十四)
原文表記
八重山群島(十四)
琉球新報 明治三十八年九月三日
山野に於ける天然の生産物
八重山全島の山野に於ける天然の生産物は實に枚擧するに遑あらざるを以て茲に其最も著名にして有益なるものゝみを摘載し以て之を世に紹介せん
▲紅露 本群島山中到る處に伏在し専ら染料として特産物の一に數へられ其名最も高し、而して近來台灣方面に向て盛んに其輸出を企て以て巨利を博するに至れり、因に記す此高貴なる産物の需要ハ固と僅かに八重山赤縞布の染料位ひに過ぎざりしも偶々松村仁之助他に率先して廣く世の需要者に之れが紹介の勞を執りこゝに初めて其充分なる賣價を博し確實なる販路を開始するに至りしものにして同人の功たるや実に没すべからざるものあり
▲鳥黐 是れ本群島に於ける新産物にして其原料に於ては殆んど取て尽くる患なく現今大坂地方に向て之を輸出し將來亦た益々有望の特産たり
▲阿旦 其葉ハ晒して莚及ひ草履等を造り且つ之を以て近來パナマ帽に類似せる夏帽を製し大に世の好評を博せり、幹は堀建小屋の建築材に充つべく根は割て繩索となすに足り軟芽は煮て食用に供し實ハ熟せるものを味へば甘美なり而して其効用多き阿旦は全島到る処の海岸に繁茂し其産量殆んど無限と言ふも敢て過言にあらす
▲黒次 葉ハ苗代等の周圍を圍み袴は繩となして其質強く外見亦たよし而して那覇其他各地方に輸出す
▲蘇鉄 從來本群島に於ては専ら飢饉の豫備として其繁殖を圖りたるも近年に至り工業上必要なる植物となり其葉ハ干して帽子花瓶手籠等の材料に供せられ又實及び幹ハ澱粉を製し得るのみならず酒精製造の原料に供せらる故に他日其製造法の盛んなると共に充分需要の見込みあり
▲シヤンニン 之を苅て日に乾晒し藁履、草履等を作るに用ふ而して其産量亦た最も多し
▲雁皮 其皮は剝て製紙の原料に供するに足り其産量亦た尠しとせず故に將來本群島に於て製紙事業を興すものあらば是れ亦た相當の利益あるべし
▲芭蕉 二種あり一は實を結び其味ひ甘美なり是れ所謂實芭蕉なるものにして現今毎戸殆んど植付けざるものなき程の狀勢なれば近き將來に於て必ず一廉の物産たるを得ん、其一ハ茎を伐り繊維を採りて芭蕉布を織り又紙を製すべく根ハ其汁を搾りて澁の代用となすに足る
▲コバ 幹は指物、床柱、杖等に用ひ塗るに薄漆を以てせば甚だ美觀を呈す、葉は團扇を作り又は簑笠を製し且つ「ツルベ」にして今日之を使用す
▲茶樹 本群島には現今茶の産出なしと雖も往時栽培せし殘株のあるありて其自然に繁殖すべき標兆を有するを見れば本群島亦た茶樹の栽培に適するや毫も疑を容れずされば其広漠たる沃野を利用開拓し以て之に其栽培を試み尚ほ進んで製茶の道を講ずるに至れば是れ亦た將來必ず一の特産として弘く世の需要に供するに足らん
▲桑樹 島中自然生のもの最も多し而して其成長の速かにして葉の四時通じて常綠なるは實に本群島に於ける特色なりとす故に將來其栽培繁殖を圖り養蚕事業を盛んに興すに至らは其收むる所の利多大にして本島唯一の副産物たるに至らん
▲龍舌蘭 俗名「ロガイ」繁殖力の最も速かなるものにして全島到る處に自生し葉は其繊維を採りて帷子を織り又は繩索となす等其効用殊に多し
▲鳳梨 即ち「パインアップル」目今島内一二ヶ所に散見すれども若し之を移植して廣く其繁殖の道を図らばこれまた將來一種の特産物となるや疑ひなし
▲万寿菓 俗に「マンジユマイ」此菓は本群島に於て専ら之を庭園に植へ終歳採りて食用に供し蔬菜中最も貴要なるものなり即ち其實の熟して黄色に至れば其味ひ柿の如く實に甘美なり其未熟のものは清物にし或ハ煮食して甚だ佳なり幹の中心も亦た煮て食用に供するに足る、或説に依れば此菓中一種植物性「ペプシネ」とも稱すべき一成分を含有し肉食後之を用ゆれば頗る蛋白質の消化を助くるものゝ如し又此菓の肉より得る液汁は石鹼の代用を爲し汚物を洗滌するに於て非常の勢力を有す而して斯くも重寶なる樹木は世に多く見ざる所にして本群島に於てハ毎戸殆んど植付けざるものなく其數實に夥しきものなり
現代仮名遣い表記
八重山群島(十四)
琉球新報 明治三十八年九月三日
山野に於ける天然の生産物
八重山全島の山野に於ける天然の生産物は実に枚挙するに暇あらざるを以て、茲に其最も著名にして有益なるものゝみを摘載し、以て之を世に紹介せん。
▲紅露 本群島山中到る処に伏在し、専ら染料として特産物の一に数えられ其名最も高し。而して近来台湾方面に向て盛んに其輸出を企て以て巨利を博するに至れり。因に記す。此高貴なる産物の需要は固と僅かに八重山赤縞布の染料位いに過ぎざりしも、偶々松村仁之助他に率先して広く世の需要者に之れが紹介の労を取り、こゝに初めて其充分なる売価を博し確実なる販路を開始するに至りしものにして、同人の功たるや実に没すべからざるものあり。
▲鳥黐 是れ本群島に於ける新産物にして、其原料に於ては殆んど取て尽くる患なく、現今大坂地方に向て之を輸出し、将来亦た益々有望の特産たり。
▲阿旦 其葉は晒して莚及び草履等を造り、且つ之を以て近来パナマ帽に類似せる夏帽を製し大に世の好評を博せり。幹は堀建小屋の建築材に充つべく、根は割て縄索となすに足り。軟芽は煮て食用に供し、実は熟せるものを味えば甘美なり。而して其効用多き阿旦は全島到る処の海岸に繁茂し、其産量殆んど無限と言うも敢て過言にあらず。
▲黒次 葉は苗代等の周囲を囲み、袴は縄となして其質強く外見亦たよし。而して那覇其他各地方に輸出す。
▲蘇鉄 従来本群島に於ては専ら飢饉の予備として其繁殖を図りたるも、近年に至り工業上必要なる植物となり。其葉は干して帽子花瓶手籠等の材料に供せられ、又実及び幹は澱粉を製し得るのみならず、酒精製造の原料に供せらる。故に他日其製造法の盛んなると共に充分需要の見込みあり。
▲シャンニン 之を苅て日に乾晒し、藁履、草履等を作るに用う。而して其産量亦た最も多し。
▲雁皮 其皮は剝て製紙の原料に供するに足り、其産量亦た少しとせず。故に将来本群島に於て製紙事業を興すものあらば、是れ亦た相当の利益あるべし。
▲芭蕉 二種あり。一は実を結び其味い甘美なり。是れ所謂実芭蕉なるものにして、現今毎戸殆んど植付けざるものなき程の状勢なれば、近き将来に於て必ず一廉の物産たるを得ん。其一は茎を伐り繊維を採りて芭蕉布を織り又紙を製すべく、根は其汁を搾りて渋の代用となすに足る。
▲コバ 幹は指物、床柱、杖等に用い、塗るに薄漆を以てせば甚だ美観を呈す。葉は団扇を作り、又は簑笠を製し、且つ「ツルベ」にして今日之を使用す。
▲茶樹 本群島には現今茶の産出なしと雖も、往時栽培せし残株のあるありて、其自然に繁殖すべき標兆を有するを見れば、本群島亦た茶樹の栽培に適するや毫も疑を容れず。されば其広漠たる沃野を利用開拓し以て之に其栽培を試み、尚お進んで製茶の道を講ずるに至れば、是れ亦た将来必ず一の特産として弘く世の需要に供するに足らん。
▲桑樹 島中自然生のもの最も多し。而して其成長の速かにして葉の四時通じて常緑なるは実に本群島に於ける特色なりとす。故に将来其栽培繁殖を図り養蚕事業を盛んに興すに至らば、其収むる所の利多大にして本島唯一の副産物たるに至らん。
▲龍舌蘭 俗名「ロガイ」。繁殖力の最も速かなるものにして全島到る所に自生し、葉は其繊維を採りて帷子を織り又は縄索となす等其効用殊に多し。
▲鳳梨 即ち「パインアップル」。目今島内一、二ヶ所に散見すれども、若し之を移植して広く其繁殖の道を図らば、これまた将来一種の特産物となるや疑いなし。
▲万寿菓 俗に「マンジュマイ」。此菓は本群島に於て専ら之を庭園に植え、終歳採りて食用に供し、蔬菜中最も貴要なるものなり。即ち其実の熟して黄色に至れば其味い柿の如く実に甘美なり。其未熟のものは清物にし、或は煮食して甚だ佳なり。幹の中心も亦た煮て食用に供するに足る。或説に依れば此菓中一種植物性「ペプシネ」とも称すべき一成分を含有し、肉食後之を用ゆれば頗る蛋白質の消化を助くるものゝ如し。又此菓の肉より得る液汁は石鹼の代用を為し、汚物を洗滌するに於て非常の勢力を有す。而して斯くも重実なる樹木は世に多く見ざる所にして、本群島に於ては毎戸殆んど植付けざるものなく、其数実に夥しきものなり。