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◎鳥島につきて 黑岩恒

掲載年月日:1903/6/21(日) 明治36年
メディア:琉球新報社 2面 種別:記事

原文表記

◎鳥島につきて (六)     黑岩恒
前己に云へる如く火口より濛々漠々として捲き上るものの本質果して如何巨細の事は茲■明言し難きも水蒸氣を主とし亜硫酸瓦斯これに次くなり(硫化水素もあるらしい)又噴日に近接して伺ふときは噴氣に卵色のものかある無論硫黄か細分子となつて遊離して居る實に美しいのである
現今硫黄採掘をなして居るのに二種の法がある其一は火口壁の土沙間に幾十年來結晶堆積あるものを鍬もて掘り取るのである此法は無造作にして至極容易なれど土沙を混するのであるいくら上等の者でも二割は泥沙である今一法は噴氣孔の近傍に緩き勾配にて「トン子ル」狀の長穴をつくり(石にて)噴氣を此處に導きて横に匍う樣になし置くのである然るときは亜硫酸瓦斯と硫化水素瓦斯の觸接せる反應は硫黄を遊離し強熱を有する半流動体■なり「トン子ル」の下口に集るなり此法にて■りたるものは極純粋てある
硫氣孔の外前に申した熔礦爐的火口か合計■つある(極小なるものは其數充分に分からない其中東の方の一つは随分大い南北二間半に東半四間もある淡緑炎を掲けて燃えて居る硫臭強く其上熱か高いので近寄れない辛ふして二間斗の距離に進みしも何分孔の底は分からないが鎔岩は上の方にはない樣子てある何となれは夜分來りて此火孔を伺ふに淡緑の火光を放てどもかの水蒸氣に映して生する焦天的■赤光か見れないからてある先年諏訪の瀬島が大活動をなした時の如き夜間海上より見ると丸で山上に火柱を立てた樣にあつた
今回の噴火事件實は硫滊孔の小活動である破裂などとろくべきもので■い噴氣の增大せる爲泥灰を飛はし近傍に砂礫を少し斗り撒き散らしたる位のことで鎔岩の流出なとは少しもない火口壁に別段の變化もない併この小活動は尙暫くの間經續すべく噴氣孔の位置なと多少變更すべし此處暫くの間火口に入りて■に從事する者は大に警戒して宜しい東京帝國大學地震學敎室より出張になつた鹽田君の實測に據るに地盤に震動を見ないのである先々近き將來に於いては大事件はなきものと診察して宜しいのてある
火山破裂の前兆には色々がある併地盤に異狀の震動を生するは事實である此震動は自記撿震器に詳しく感するのである今日の學術世界ては此器によりて注意するの他殆んと良策はない鳥島の小學校には此器を据へ置きたいものである撿震器に異状ある時は火口に入らない樣にしたいものである終に臨んで川崎調査委員に對しては學術上指導の好意を謝し出張員各位に對しては公私共種々御配慮を忝ふしたる御禮を申し述へたい先々鳥島万歳てある (完)

現代仮名遣い表記

◎鳥島につきて (六)     黒岩恒
前己に云へる如く、火口より濛々漠々として捲き上るものの本質、果して如何。巨細の事は茲■明言し難きも、水蒸気を主とし亜硫酸瓦斯これに次ぐなり(硫化水素もあるらしい)。又、噴日に近接して伺うときは噴気に卵色のものがある、無論硫黄が細分子となって遊離して居る、実に美しいのである。
現今、硫黄採掘をなして居るのに二種の法がある。其一は火口壁の土沙間に幾十年来結晶堆積あるものを、鍬もて掘り取るのである。此法は無造作にして至極容易なれど土沙を混するのである、いくら上等の者でも二割は泥沙である。今一法は、噴気孔の近傍に緩き勾配にて「トン子ル」状の長穴をつくり(石にて)噴気を此処に導きて横に這う様になし置くのである。然るときは亜硫酸瓦斯と硫化水素瓦斯の触接せる反応は、硫黄を遊離し、強熱を有する半流動体■なり。「トン子ル」の下口に集るなり此法にて■りたるものは極純粋である。
硫気孔の外、前に申した熔礦炉的火口が合計■つある(極小なるものは其数充分に分からない其中東の方の一つは随分大い、南北二間半に東半四間もある。淡緑炎を掲げて燃えて居る、硫臭強く、其上熱が高いので近寄れない。辛うじて二間斗の距離に進みしも、何分孔の底は分からないが鎔岩は上の方にはない様子である。何となれば夜分来りて此火孔を伺うに淡緑の火光を放てども、かの水蒸気に映して生ずる焦天的■赤光が見れないからである。先年、諏訪の瀬島が大活動をなした時の如き、夜間海上より見ると丸で山上に火柱を立てた様にあった。
今回の噴火事件、実は硫汽孔の小活動である破裂などと名くべきもので■い。噴気の増大せる為泥灰を飛ばし近傍に砂礫を少し斗り撒き散らしたる位のことで、鎔岩の流出などは少しもない、火口壁に別段の変化もない。しかし、この小活動は尚暫くの間継続すべく、噴気孔の位置など多少変更すべし。此処、暫くの間火口に入りて■に従事する者は大に警戒して宜しい。東京帝国大学地震学教室より出張になった塩田君の実測に拠るに、地盤に震動を見ないのである。先々近き将来に於いては、大事件はなきものと診察して宜しいのである。
火山破裂の前兆には色々がある、しかし地盤に異状の震動を生ずるは事実である。この震動は自記検震器に詳しく感ずるのである。今日の学術世界ではこの器によりて注意するの他、殆んど良策はない。鳥島の小学校にはこの器を据え置きたいものである。検震器に異状ある時は、火口に入らない様にしたいものである。終に臨んで川崎調査委員に対しては学術上指導の好意を謝し、出張員各位に対しては、公私共種々御配慮を忝ふしたる御礼を申し述べたい。先々鳥島万歳である (完)