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◎鳥島につきて 黑岩恒
原文表記
◎鳥島につきて (五) 黑岩恒
前己に云ひし第一外輪山の内側に接して硫黄製煉所が二ヶ處ある其中規模の大なる方にて間合したるに一ヶ月十五万斤の製出高なりと云へり第二外輪山の外方斜面をなせる所にては地盤の堅きを利用し雨水を數ヶ所の「タンク」に導き飲料に供し居れり近來灰を降したる故ならん此水溜の水は皆微かに酸性の反應を呈し居れり
島の南半に就きて云ふべき所大略右の如し是より讀者を北の方に導き現噴火口を紹介せん村より現火口迄の里程は大凡十五丁なり第二外輪山の頭に沿ふて進み舊火口なる深洞の少し西の方より右折し降灰の爲に全く枯死せる松林の間を過き第一外輪山にかゝる急板を攀つるときは製煉所より來りたる道と合するなり製煉瓦所より火口迄輕便鉄道を設くる計畫ありとの談なれと今の模樣にては直くに出来る見込なし「タメウケバ」と稱する所は火口にて堀り取りたる硫黄の假貯所にして「ウフノウヲ」と車の濱との分水の位置を占む第一外輪山の頂頭には處々「オガン」らしき石の森あり現今は火山灰に埋もれ一人の賽者なきも舊藩時代■在りては硫黄採掘者が時々山神を祭りたる遺跡なりと云灰を穿つときは古き沖縄燒の陶器出づ
「タメウケバ」より下瞰するときは現火口の大勢を知り得べし現火口は圖に示す如く東より北西にかけては峻急なる火口壁を廻らし居れと南の一面は傾斜緩なり此緩なる方面より九折の石坂を下り辛ふして火口内に入り得べし口底は全く硫黄泥の沖積せる平地で西の方の一部には「イオゴモイ」(硫黄池)と稱する水溜りがある仰山に云へは火口湖(クレーターレーキ)である水は随分酸くて飮まれないか温度は高くない即火口内に落ちたる雨水の集り所てあるこの水は西南の火口壁下をくぐり漸次下り口と稱する所へ出つる樣子である目下硫黄礦の最多きは西より南を經て東に至る火口壁である鍬もて堀取る五割乃至八割を含んで居る三割以下のものは現今は全く棄てある如何にも豊富にして而も採掘の容易なる硫黄山である
現今噴煙の位置は圖に於いて圏と点とを以て示してある主に口底の沖積地にある孔から噴滊するので去十七日の如きは盛に噴出する孔十七處もあつた十九日には余等が前々日住來せし所へ一大洞が出来熾んに噴いて居る實に飛鳥川である危險な所である孔から噴氣する工合は恰も數十の機關車から一時に蒸氣を洩す時の如くで氣柱の天■朝する有樣噴出に伴ふ鳴響實に觀者である聴きものである火山探險は随分危險である絶對的安全を保証する者は一人も居ない危險の主なるもの三つある其一は俄然たる噴出にして其二は地盤の俄然として陥入することなり火口内の地盤は實に蜂巣的である皮のみ堅く見えて居るも中々油断かならぬ都合によると片足乃至半身大怪我をなすことがある今一つは噴氣に取り卷かるゝの恐れである硫黄採に從事して居る工夫が出が惡いとて休み居る日は大概この噴氣の模樣によりて入れないのである無風の日は噴氣直ちに上騰するを以て都合よきも風の向きにより火口内に渦まき只見る白濛々一寸先は暗夜てある而己ならす窒息の恐れある亜硫酸■瓦斯運惡きときは閻魔の廳へ出頭を命せらる余り感心した話てはない (未完)
現代仮名遣い表記
◎鳥島につきて (五) 黒岩恒
前己に云いし第一外輪山の内側に接して、硫黄製錬所が二ヶ処ある。その中規模の大なる方にて間合したるに一ヶ月十五万斤の製出高なりと云えり。第二外輪山の外方斜面をなせる所にては、地盤の堅きを利用し雨水を数ヶ所の「タンク」に導き飲料に供し居れり、近来灰を降したる故ならん。この水溜の水は皆微かに酸性の反応を呈し居れり。
島の南半に就きて云うべき所、大略右の如し。是より読者を北の方に導き、現噴火口を紹介せん。村より現火口迄の里程は大凡十五丁なり、第二外輪山の頭に沿って進み旧火口なる深洞の少し西の方より右折し、降灰の為に全く枯死せる松林の間を過ぎ第一外輪山にかかる急板を攀つるときは、製錬所より来りたる道と合するなり。製錬所より火口まで軽便鉄道を設くる計画ありとの談なれど、今の模様にては直ぐに出来る見込なし。「タメウケバ」と称する所は火口にて堀り取りたる硫黄の仮貯所にして、「ウフノウヲ」と車の浜との分水の位置を占む第一外輪山の頂頭には、処々「オガン」らしき石の森あり。現今は火山灰に埋もれ一人の賽者なきも、旧藩時代■在りては硫黄採掘者が時々山神を祭りたる遺跡なりという、灰を穿つときは古き沖縄焼の陶器出づ。
「タメウケバ」より下瞰するときは現火口の大勢を知り得べし。現火口は、図に示す如く東より北西にかけては峻急なる火口壁を廻らし居れど、南の一面は傾斜緩なり。この緩なる方面より九折の石坂を下り、辛うじて火口内に入り得べし。口底は全く硫黄泥の沖積せる平地で、西の方の一部には「イオゴモイ」(硫黄池)と称する水溜りがある、仰山に云えば火口湖(クレーターレーキ)である。水は随分酸くて飲まれないが、温度は高くない。即火口内に落ちたる雨水の集り所であるこの水は、西南の火口壁下をくぐり漸次下り口と称する所へ出づる様子である。目下硫黄砿の最多きは西より南を経て東に至る火口壁である、鍬もて堀取る五割乃至八割を含んで居る、三割以下のものは現今は全く棄てある。如何にも豊富にして、しかも採掘の容易なる硫黄山である。
現今噴煙の位置は、図に於いて圏と点とを以て示してある。主に口底の沖積地にある孔から噴汽するので、去十七日の如きは盛に噴出する孔十七処もあった。十九日には余等が前々日住来せし所へ一大洞が出来、熾んに噴いて居る、実に飛鳥川である。危険な所である孔から噴気する工合は、あたかも数十の機関車から一時に蒸気を洩す時の如くで、気柱の天■朝する有様憤出に伴う鳴響、実に観者である聴きものである。火山探険は随分危険である、絶対的安全を保証する者は一人も居ない。危険の主なるもの三つある、其一は俄然たる噴出にして、其二は地盤の俄然として陥入することなり。火口内の地盤は実に蜂巣的である、皮のみ堅く見えて居るも中々油断かならぬ、都合によると片足乃至半身大怪我をなすことがある。今一つは噴気に取り巻かるるの恐れである、硫黄採に従事して居る工夫が出が悪いとて休み居る日は、大概この噴気の模様によりて入れないのである。無風の日は噴気直ちに上騰するを以て都合よきも、風の向きにより火口内に渦まき只見る白濛々、一寸先は暗夜である。しかも己ならず窒息の恐れある、亜硫酸■瓦斯運悪きときは閻魔の庁へ出頭を命ぜらる、余り感心した話ではない (未完)