キーワード検索
◎鳥島につきて 黑岩恒
原文表記
◎鳥島につきて 黑岩恒
◎發端
今回鳥島噴火事件が起つた爲め去月の十五日沖繩縣廳より出張調査の命をうけ仝十六日の夜名護出帆岸本參事官以下の一行と共に鳥島に向ひ仝十七日の朝着島仝廿日迄四日の間島地の踏査を試み廿一日軍艦高千穂號に乗込み仝廿二日那覇に歸着せり余元來地質専門の識あるものにあらす只拙手の横好きなるのみ今回の事件につきては其筋より可燃ドクトルの派遣ありて診察さるゝ事なれば余が今回の行は大醫の來着前に豫診を試み置きて診斷上の参考に供する積りにて御請をばなしたる次第なり
天南詞兄は篤學の士なり此頃余に島々に關する學術的意見を平易に新紙上にて發表せんことを求められ且つ特に余か踏査したる圖面をも刋行せんことを約せらるかく歡迎されては古人の口調もて言へは實に喜悚交々至る境遇なり引くに引かれぬ塲合思ひ切つて拙手の長談を試むべし面白くもなき地學的講釋一讀の榮を得は幸なり之を發端となす
◎島の位置
試みに地圖を開きて東經百二十八度十三分北緯二十七度五十二分の邊に着眼せんか國頭郡邊戸岬の北方大島郡徳の島の西方洋上に於いて辛うして蕞爾たる彈丸黒子の小嶼を發見し得ん之を今回事件の張本地たる鳥島となす實に渺たる蒼海の一粟なり
鳥島の國土的位置は前の通りて六ヶ敷ことはない併なから今之を地質學の上より見るときは多少の疑問を試みねばならない一体此の位置に此の島が如何にして出來たか此島の此位置は必然なるか將た偶然なるか
今又再ひ九州臺灣間の地圖を抜き見よ其間に其布羅列する數多の島嶼即北方より數へ來れは先種子、屋久あり川邊の七島あり大島郡島沖縄群島宮古群島八重山群島等がある是等諸島の位置は誠に規則正しいので九州の南端から臺灣迄の海上に弓形に配列されて居る即ち弧形をなして居る東海の東の縁を飾る所の連珠である花綵島(フエストーンアイランヅ)である東海と太平洋との境界を表する一種不變の澪標であるのみならす亜細亜大陸と太平洋との眞の境界縁はこの連珠島を以て標榜し居るのである此の連珠島は實にグレート、アジャチツタ、バンクの東邊である小藤博士はこの連珠島に琉球弧島(リューキューカーブ)の稱を附し地体の構造につき大議論を提出されて居る同博士の琉球弧島論は大体に於いて殆んと動すべからさる眞理である余が先年粟國島と久米島が火山島であることを踏査の上より世に表白したるも實はこの琉球弧島論を根據とし先其火山なるべきを豫期し次に實査に取かゝつたのである鳥島につき根本的の御話を致すには琉球弧島論の大意を掲けさるべからず小藤博士の外「ドーデルライン」氏の如き「ズーユ」氏の如きも此連珠的列島の地体構造につき多少の意見を發表して居る
琉球弧島論の組立を其儘紹介するは容易の事にあらす要点を單簡に摘録して門戸を伺ふの資に供すべし圖に示す如く琉球弧島の組立は三重ともなり仝心的に弧を劃せり博士は東海に面する方面を裏面太平洋に向ふ方を表面と定め而して此三重の弧に内聯(東海面のもの)中聯外聯(太平洋面のもの)の稱を與へられたり此三聯の構造には判然たる區別がある即外聯は地勢低き第三系第四系(ターシヤリークオーターシヤリー)の地質であるのに中聯は古き始原(アーケアン)或は太古(バレオゾイツク)の地質だそして内聯は如何にと云ふに全く火山列である實に行儀正しき配列ではないか (未完)
現代仮名遣い表記
◎鳥島につきて 黒岩恒
◎発端
今回鳥島噴火事件が起った為め、去月の十五日沖縄県庁より出張調査の命をうけ同十六日の夜、名護出帆。岸本参事官以下の一行と共に鳥島に向い、同十七日の朝着島。同二十日迄四日の間島地の踏査を試み、二十一日軍艦高千穂号に乗込み、同二十二日那覇に帰着せり。余、元来地質専門の識あるものにあらず只、拙手の横好きなるのみ。今回の事件につきては、その筋より可燃ドクトルの派遣ありて診察さるる事なれば、余が今回の行は大医の来着前に予診を試み置きて、診断上の参考に供する積りにて御請をばなしたる次第なり。
天南詞兄は篤学の士なり、此頃余に島々に関する学術的意見を平易に新紙上にて発表せんことを求められ、且つ特に余が踏査したる図面をも刋行せんことを約せらる。かく歓迎されては古人の口調もて言へば、実に喜悚交々至る境遇なり。引くに引かれぬ場合、思い切って拙手の長談を試むべし。面白くもなき地学的講釈一読の栄を得ば幸なり、之を発端となす。
◎島の位置
試みに地図を開きて東経百二十八度十三分、北緯二十七度五十二分の辺に着眼せんか。国頭郡辺戸岬の北方大島郡、徳の島の西方洋上に於いて辛うじて蕞爾たる弾丸黒子の小嶼を発見し得ん、之を今回事件の張本地たる鳥島となす。実に渺たる蒼海の一粟なり。
鳥島の国土的位置は前の通りで六ヶ敷ことはない。併ながら今之を地質学の上より見るときは、多少の疑問を試みねばならない。一体此の位置に此の島が如何にして出来たか、此島の此位置は必然なるか将た偶然なるか。
今又再び九州台湾間の地図を抜き、見よ其間に其布羅列する数多の島嶼、即北方より数え来れば先、種子、屋久あり川辺の七島あり、大島郡島、沖縄群島、宮古群島、八重山群島等がある。是等諸島の位置は誠に規則正しいので、九州の南端から台湾迄の海上に弓形に配列されて居る、即ち弧形をなして居る。東海の東の縁を飾る所の連珠である花綵島(フエストーンアイランヅ)である。東海と太平洋との境界を表する一種不変の澪標であるのみならず、亜細亜大陸と太平洋との真の境界縁はこの連珠島を以て標榜し居るのである。此の連珠島は実にグレート、アジャチツタ、バンクの東辺である。小藤博士はこの連珠島に琉球弧島(リューキューカーブ)の称を附し、地体の構造につき大議論を提出されて居る。同博士の琉球弧島論は大体に於いて殆んど動すべからざる真理である。余が先年粟国島と久米島が火山島であることを踏査の上より世に表白したるも、実はこの琉球弧島論を根拠とし、先ずその火山なるべきを予期し次に実査に取りかかったのである。鳥島につき根本的の御話を致すには琉球弧島論の大意を掲けざるべからず、小藤博士の外、「ドーデルライン」氏の如き「ズーユ」氏の如きも、此連珠的列島の地体構造につき多少の意見を発表して居る。
琉球弧島論の組立をそのまま紹介するは容易の事にあらず、要点を単簡に摘録して門戸を伺うの資に供すべし。図に示す如く、琉球弧島の組立は三重ともなり同心的に弧を画せり。博士は東海に面する方面を裏面、太平洋に向う方を表面と定め、そしてこの三重の弧に内連(東海面のもの)、中連外連(太平洋面のもの)の称を与えられたり。この三連の構造には判然たる区別がある、即ち外連は地勢低き第三系第四系(ターシヤリークオーターシヤリー)の地質であるのに、中連は古き始原(アーケアン)或は太古(バレオゾイツク)の地質だ、そして内連は如何にと云うに全く火山列である、実に行儀正しき配列ではないか。 (未完)