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●渡淸道中日誌(續)
原文表記
●渡淸道中日誌 (續)
半狂生
十二月一日晴 朝來客に接し晝より廬山軒と云ふ冩眞屋を尋ね主人木村氏に面會す氏は故あり福州に在留せること年久しく頗る土地の事情に精しと云ふ歸途廣東會舘を見る會舘は倶樂部の如きものにして各々地方商人の團体に依て就る是即ち廣東人の會舘にして同治六年康國器の序文あり曰く地は藤山の麓にあり中殿南海神廣利王を祭り後閣玄壇趙元帥を祭り又東西四廟を設く云々周圍凡そ二百間結構極めて壮麗にして特に石木彫刻の美なる實に目を驚す許りなり前庭廣濶にして舞殿あり其両側に酒樓を設く後園三ヶ所奇木異草を植え盆栽を列ねたる等一見廣東人の富を想像せしむるものあり
二日晴 朝古賀尾瀧の両氏と相携て轎に乗り城内に赴く轎は幅二尺五寸長四尺程の籃輿にして内部椅子の如く長さ壹丈許なる丸竹の俸二本を左右に付けて其両端を擔く是支那の市街は道狭く人多く往來甚不便なり故に中以上の人は皆此轎をは用ふるか如し城の南門に至る凡そ三十町肆店相續て一條の街路をなす城は支那普通の石壁を以て圍ひ廣大なり棲門の設あり市街は城の内外共に大差なけれとも全体の景晴一層厦門に勝るの觀あり多少の買物をなし歸途廣資樓と云ふに入り晝食を試む樓中隅々演劇ありて見物することを得たり舞臺の有様は沖縄の芝居に彷彿たるか如く役者の衣類は頗る華美を極め筋は三國志様のものを演せり言語通せされは素より其事實を知るに由なみれとも所作又は聲色に於て多少其情を解することを得て一日の旅懐を慰し夜に入りて歸宿す
三日雨 宮城を遺して用を便せしめ閩報舘に至り前島氏に面會し當地の事情に就て聞く所あり氏は廿七八年戰征後當地に在住して自ら閩報舘主となり一週二回の閩報を發刊す發買部數凡千枚記者多くは支那人を使用す未だ甚た盛なりと云ふに非されとも氏は東亞協會の派遣員中島氏等と能く土地の上流社會に交際を結ひ日清間の協和に於て勤めつゝあるは頗る多とする所なり此日より知事日東洋行に投宿せらる岡田なる人に面會す氏は故新尾氏か上海貿易研究所に於て養成したる一人にして當地東文學堂と稱する日本語學校の校長となり桑田氏等と共に三十余名の生徒を養育し西文學堂と相對して福州に開化分子を注入しつゝあり先頃東京に派遣される留學生のうち二名は本校の出身なりと云ふ
四日晴 豊島領事の來訪あり更に陳白霖氏來る
知事に紹介す終日無事昨夜一首を試む
夜半に見る夢はさしてもかはらしな
せはしき晝そ旅路なりみり
現代仮名遣い表記
●渡清道中日誌 (続)
半狂生
十二月一日晴 朝来客に接し、昼より廬山軒と云う写真屋を尋ね、主人木村氏に面会す。氏は故あり福州に在留せること年久しく、頗る土地の事情に精しと云う。帰途、広東会館を見る。会館は倶楽部の如きものにして各々地方商人の団体に依て就る。是即ち広東人の会館にして同治六年康国器の序文あり曰く、地は藤山の麓にあり中殿南海神広利王を祭り、後閣玄壇趙元帥を祭り、又東西四廟を設く云々。周囲凡そ二百間、結構極めて壮麗にして特に石木彫刻の美なる実に目を驚す許りなり。前庭広濶にして舞殿ありその両側に酒楼を設く、後園三ヶ所奇木異草を植え盆栽を列ねたる等、一見広東人の富を想像せしむるものあり。
二日晴 朝、古賀尾滝の両氏と相携て轎に乗り城内に赴く。轎は幅二尺五寸長四尺程の籃輿にして内部椅子の如く長さ一丈許なる丸竹の俸二本を左右に付けて、その両端を担ぐ。これ支那の市街は道狭く人多く往来甚不便なり、故に中以上の人は皆この轎をば用うるが如し。城の南門に至る、凡そ三十町商店相続て一条の街路をなす、城は支那普通の石壁を以て囲い広大なり。棲門の設あり、市街は城の内外共に大差なけれども全体の景晴一層厦門に勝るの観あり。多少の買物をなし帰途広資楼と云うに入り昼食を試む。楼中隅々演劇ありて見物することを得たり、舞台の有様は沖縄の芝居に彷彿たるが如く役者の衣類は頗る華美を極め、筋は三国志様のものを演ぜり。言語通ぜざれば素よりその事実を知るに由なみれども、所作又は声色に於て多少其情を解することを得て一日の旅懐を慰し、夜に入りて帰宿す。
三日雨 宮城を遺して用を便せしめ閩報館に至り、前島氏に面会し当地の事情に就て聞く所あり。氏は二十七八年戦征後当地に在住して自ら閩報舘主となり、一週二回の閩報を発刊す。発買部数凡千枚、記者多くは支那人を使用す。未だ甚た盛なりと云うに非されども、氏は東亜協会の派遣員中島氏等と能く土地の上流社会に交際を結び、日清間の協和に於て勤めつつあるは頗る多とする所なり。此日より知事日東洋行に投宿せらる。岡田なる人に面会す、氏は故新尾氏が上海貿易研究所に於て養成したる一人にして、当地東文学堂と称する日本語学校の校長となり桑田氏等と共に三十余名の生徒を養育し、西文学堂と相対して福州に開化分子を注入しつつあり。先頃東京に派遣される留学生のうち二名は本校の出身なりと云う。
四日晴 豊島領事の来訪あり、更に陳白霖氏来る。知事に紹介す、終日無事、昨夜一首を試む。
夜半に見る夢はさしてもかわらしな
せわしき昼ぞ旅路なりみり