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◎八重山嶋景況(二月九日發)

掲載年月日:1890/3/7(金) 明治23年
メディア:時事新報 2面 種別:記事

原文表記

○八重山嶋景况(二月九日發)
八重山嶋は琉球國中最南の一屬嶋にして山海水土の利に富み居れども人情風俗皆内地と異なり隨て百般事物の進歩は大に劣れり左れども今日當嶋の現狀は數年前の比に非らずして諸般の事業幾分か進歩せり今左に其一二を擧ぐれば學事は目下小學生徒三百餘名の内高等生五十餘名あり既に授業に從事する者五名師範學校入學生及簡易科傳授の爲め首府へ在學せる者七名來月は更に三名程同所へ入學せしむ可き豫定の者もあり開闢以來未だ曾て學事の何物たるを知らざりし當嶋の農民等も今は學問の必要を感じて就學の者少なからず又當地は廣漠たる膏土多く且つ天然の物產に富めども人口寡少にして加ふるに民智も發達せざるが故に農產工業の見る可きものなし只四年前に移殖したる甘蔗繁茂して年々若干の製糖を出す位なり水產物に至りては世人の熟知する如く當嶋近海は魚介に富み就中海外輸出品中重もなる鱶鰭海參及び夜光貝平貝其他エラブウナキ類の如きは年々の產出夥多なれども土人の漁業を爲すものは稀れにして多くは内地より入込める出稼人のみなるを以て自然濫捕の憂あり爲めに去年二月より八重山嶋共同水產社なるものを設置し大に漁業の奬勵に盡力せり

現代仮名遣い表記

○八重山島景況(二月九日発)
八重山島は琉球国中最南の一属島にして、山海水土の利に富み居れども、人情風俗皆内地と異なり、随て百般事物の進歩は大に劣れり。されども今日当島の現状は数年前の比に非らずして、諸般の事業幾分か進歩せり。今左にその一、二を挙ぐれば学事は目下小学生徒三百余名の内高等生五十余名あり。既に授業に従事する者五名、師範学校入学生及簡易科伝授の為め首府へ在学せる者七名、来月は更に三名程同所へ入学せしむ可き予定の者もあり。開闢以来未だ曽て学事の何物たるを知らざりし当島の農民等も、今は学問の必要を感じて就学の者少なからず。又当地は広漠たる膏土多く、且つ天然の物産に富めども人口寡少にして加ふるに、民智も発達せざるが故に、農産工業の見る可きものなし。只四年前に移殖したる甘蔗繁茂して、年々若干の製糖を出す位なり。水産物に至りては世人の熟知する如く当島近海は魚介に富み、就中海外輸出品中重もなるフカヒレ海参及び夜光貝、平貝その他エラブウナギ類の如きは年々の産出夥多なれども、土人の漁業を為すものは稀れにして、多くは内地より入込める出稼人のみなるを以て自然濫捕の憂あり為めに、去年二月より八重山島共同水産社なるものを設置し大に漁業の奨励に尽力せり。