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◎沖繩縣下の無人島
原文表記
◎沖繩縣下の無人島
去る八月廿八日午前九時二十分沖縄縣屬官警部補巡査等都合五名同縣下無人島大東島の視察として共同運輸會社の出雲丸に搭して解欖し翌廿九日午前九時南無人島の西岸凡そ一英里許の所へ着しぬ那覇出港後時經ること廿三時四十分行程二百四十英里なりし固より海底の深淺を知るに由なければ一度該島の週圍を廻航しく三度海底を測量せしに一は無尋一は二百餘尋一は百餘尋にして是を最も淺き所となす然るに汽船と碇繁せしむべき港とも覺しき所を認にざるより端船一艘に浮べて陸地に遣はし僅かに一の上陸塲を得て一同攀上りしが曲岸絶壁屨々足と跌らして非常の困難に極めしも屈せずして分け入り何處ともなく馳廻りたるに草木繁茂しコパ、アダン等概して沖繩地方のものと異なることなきも有益物とては極にて尠なし是日は殊に暑氣强くして人々渇に苦みしが飲水を携へざるのみならす渓澗一掬の流だになきが爲に頗る難澁なりしも巳むべきに非れバ互に勇と皷し刀を揮て草木と切拂ひ進むこと凡こと一里餘此間絶へて獣類と見ず鳥類も亦甚稀なりし只驚くべきハ宿貸蟹にて手足を廣ぐる時ハ四尺餘方もあるべきものと翅を張て三尺に餘れる大蝙蝠とを見掛たるにありたり爰にて沖繩縣管轄南大東島、東西凡二里、南北凡五里、離本應百里と表面に記したる標木と立てて本船に歸り翌日再上陸して海岸の草木を燒拂ひ芋栗千本等の數種を耕蒔し同三十一日午前九時他の一嶼に上陸し此島にも前同斷北大東島、南北凡四里、東西凡一里半、離本應百三里、と■したる標木を立てゝ歸航せしが該島も飮水なく上陸の困難なりしは前島と相違なかりしといふ
現代仮名遣い表記
◎沖縄県下の無人島
去る八月二十八日午前九時二十分沖縄県属官警部補巡査等都合五名同県下無人島大東島の視察として共同運輸会社の出雲丸に搭して解欖し、翌二十九日午前九時南無人島の西岸凡そ一英里許の所へ着しぬ那覇出港後時経ること二十三時四十分行程二百四十英里なりし固より海底の深浅を知るに由なければ、一度該島の週囲を廻航しく三度海底を測量せしに一は無尋一は二百余尋一は百余尋にして是を最も浅き所となす然るに汽船と碇繁せしむべき港とも覚しき所を認にざるより端船一艘に浮べて陸地に遣はし僅かに一の上陸塲を得て一同攀上りしが曲岸絶壁屨々足と跌らして非常の困難に極めしも屈せずして分け入り何処ともなく馳廻りたるに草木繁茂しコパ、アダン等概して沖縄地方のものと異なることなきも有益物とては極にて尠なし是日は殊に暑気強くして人々渇に苦みしが飲水を携へざるのみならす渓澗一掬の流だになきが為に頗る難渋なりしも巳むべきに非れバ互に勇と皷し刀を揮て草木と切払ひ進むこと凡こと一里余此間絶へて、獣類と見ず鳥類も亦甚稀なりし只驚くべきハ宿貸蟹にて手足を広ぐる時ハ四尺余方もあるべきものと翅を張て三尺に余れる大蝙蝠とを見掛たるにありたり爰にて沖縄県管轄南大東島、東西凡二里、南北凡五里、離本応百里と表面に記したる標木と立てて、本船に帰り翌日再上陸して海岸の草木を焼払ひ芋栗千本等の数種を耕蒔し同三十一日午前九時他の一嶼に上陸し此島にも前同断北大東島、南北凡四里、東西凡一里半、離本応百三里、と■したる標木を立てゝ帰航せしが該島も飲水なく上陸の困難なりしは前島と相違なかりしという。