大正0年代

現代仮名遣い表記

◎衣雲漁夫兄に与う
古賀商店　　武藤大一郎
　衣雲漁夫兄足下　足下は、本月四日発行の本紙に、本県鰹節の改良と、水産組合の革新に就て項を別ち、其の第二に於て「本県在住の商人は、鹿児島や宮崎県の人で、土佐形節は嫌であるから、勢大阪辺より、商人を引寄せねばならぬ。」と換言すれば、高価なる土佐形節も、安価に買入れて、生産者が損失となる論旨で、是れ吾等が痛く迷惑を被る訳である抑も、当地の商人は鹿児島や宮崎縣の人計りでない、他府県人も因る況んや從来より遠く、東京大阪及び鹿児島の三集散地と、其他の方面に汎く亘りて、土佐節や薩摩節の価値位は知って居る。吾等は単に、土佐節を好まぬものでない。古来土佐節の声価は世間巳に定評あり。借間す何を苦しみて、土佐節を排斥するの理由抑も又、那辺にあるや試みに例を挙げて云わん。県立水産学校の製品、若しくは土佐製造教師等が製造せし、純土佐形節の価格に至りては、知るべし水産組合検査員の手帳に明瞭である。只惜むらくは、現今の土佐形節の形状にては、如何せん何とも形容すべき名称に苦しむ。恰も、刳舟に等しき変手古形の節、多大なればなり、由来鰹節は、一見其の形状によりても価格の県隔あるは、今更喋々するの、要なく足下夙くに承知ならん。
連れて価格の高低は、生産者に於て利害関係の相繫かるる処将、又本県の経済上決して看過すべきことでない。吾等は常に生産者に対し、形状乾燥等一々摘発して、懇篤指導に勉めつつある而も、現時の製造設備にては、迚ても純土佐節の製造は望むべきも、亦得べからざる状態である。此処に於てか別述の如く変手古節の製造よりも、寧ろ製造容易にして而も、比較的販路の広き薩摩形を勧誘せし次第である。決して価値ある土佐節を安価に買入るゝ如き、盲目の商売はしないが、又問屋も莫れは許さない。現に生産者が直接に鹿児島や大坂へ、輸出して却て、損失を招きたる向もある。衣雲兄下了解せられしや、否や、茲に貴重なる琉球紙の余白を借り敢て本分を与うる所以なり。