キーワード検索
◎本縣鰹節の改良と水產組合の革新に就て(上)
原文表記
●本縣鰹節の改良と水產組合の革新に就て(上) 衣雲漁夫
予は敢て議論を好む爲に意見を發表するではなく今日縣水產■に是非早く解决せねばならぬ問題が横て居るに依て止を得ず愚見を發表する譯であるから江湖諸賢何卒意見の異る所は御遠慮なく教へ下されてそして予輩の迷を解して貰ひたい
一体本縣鰹節の改良に就ては當局も縣會も熱心に手を尽されてあるから吾々當業者は非常に難有恩恵に預て居る則ち官費を以て年々内地より八名の製造敎師を聘し之を當業者に配置されて居る又水產組合よりは節削敎師として二人の女敎師を與て居る實に難有話である然るに茲に能く調て見なくてはならぬと思ふは此の如く二千圓近き大金を投して獎勵さるゝ効果の如何であるが第一此等敎師の配置されて居る製造所より出る節と他との成績如何並に此等敎師が製造所にて手に取る仕事の有樣を見れば其の効果の如何は大抵分る予輩の見る所にては此等敎師の配置を受けて居る製造所より出る節よりも之を受けない他の製造所より出る節が槪して上等品■やうである之には深い事情があらうと思ふと云ふのは一体此等の敎師は年々土佐邊より聘されて所謂土佐形製の手であるから從來本縣の製造人とが手が合ない其が爲め純土佐形の節は出來ず却て手雜の變挺子節が出來て居る又仕事の方より見れは土佐形手の方は本■が丁寧主義で從て手が遲いから本縣の製造人とは一所に仕事が出來ない■故に一名位の敎師であるから魚の生より終則ち■付迄手に取りてやる教師は少ない多く節削り計に從事して居るやうにある然らざれば此等敎師も純土佐形を採らずして薩摩形か若は合ノ子形に一所に■て居る先つ此等の点が敎師としての効果が充分上らない原因であらうと思ふ果して然らば本縣從來の製造人と手も合い且つ手厚き製造敎師が他に在るかと云ふことになるがそうなりて來ると茲に大な問題が自然と到■して來るのである則ち本縣產鰹節は何れの形に則るへきやと云ふ問題で其には縣當局と當業者の間に意見の大衝突がある之れ予が前に言ふた早く解决を希望した問題であと依て予は試みに双方の意見の存する所を槪記し終に鄙見を述て見やうと思ふ
抑も現今本邦に存する鰹節形に大別して三種あるが第一伊豆形第二土佐形第三薩摩形で其他合の子形に製して一の地方節となりて居るものもあるそして此等三種の節の仕向地を大別すれば伊豆形は東京近傍土佐形は大阪邊薩摩形は主に九州方面であるが薩摩形は東京邊にも大分需用されて居る此の如く節形に依て仕向地の異なるは恐くは生產地と需用地の遠近の關係並に取引上の便不便より來たものであらうと思ふ而して此第三節形一般の價格は如何と云ふに先つ伊豆形が第一で其次か土佐形薩摩形は第三位にあるやうである然らは本縣の節も伊豆や土佐に眞似せんければならぬやうにあるけれども色々の關係がありてかそう云ふ譯には参らぬらしい伊豆形は敎師聘用の不便からか今日本縣にて當局も民間にも伊豆形を主張する者は未た聞ない土佐形と薩摩形の競争である扨て予輩も伊豆形は之を扨置き土佐形と薩摩形に就て論評する積りだ
今當局並に土佐形主張者の理由の大要を記せば土佐形は形が奇麗で見塲が能くある上に歩減が少い價も一般に薩摩形より高いから本縣の節も是非土佐形に眞似せぬけれはならぬと言い生產者の方では成程充分手を尽して土佐形に製上れは價は高いかも知らぬが土佐形は手が大分掛て迚も本縣の如き熱い處で大漁あるに當りては魚を腐かして行はるゝものではない如何に斤目に於て價額に於て得しても却て不經濟であると厭がり又本縣の商人側よりは土佐形は販路が狭くて只た大阪に需用さるゝ計て薩摩形の如く東京にも何れにも需用されて賣行が良い計でなく品に依ては土佐形より随分高い節がありて價額は品に依てゝ决して型に依て、ない又土佐形は見塲の良いかはり角が立て居るから缺損じ易いと云ふて非常に嫌て居るやうである此の如く何れの主張も一利一失ありて之が解决は甚だ艱難であるがそうかと云ふて何つ迄も放散らす譯には行かん一日も早く解决を付なければ生產者は大に迷て迚も本縣の節の改良は行れないと思ふから各意見も述べ議論もして早く解决せねばならぬ决して遠慮はいらぬのである近來に於ける本縣の鰹節を見るに土佐形に極く似寄た節もあり又土佐形に似て變挺子節もあり土佐薩摩の合ノ子もあり純薩摩形もありて■變區々である併しなから此等の節にして常に上等品の多くは薩摩形を改良して多少合ノ子形に出來上がりしものゝやうである此等の節形中には其主たる製造人の名を取て某節と名を博したものもある此節形迄は本縣製造人も眞似し易く又本縣商人も厭からすして能く買入るのみならす鹿兒嶋にも東京邊にも出行が良いやうに見らるゝ依て予輩も先つ本縣の節形を此形の程度に一定してそして充分製造則ち手入に注意させるやうにしたいと思ふ予輩が純土佐形を賛成せぬのは四つの理由がある
現代仮名遣い表記
●本県鰹節の改良と水産組合の革新に就て(上) 衣雲漁夫
予はあえて議論を好む為に意見を発表するではなく、今日県水産■に是非早く解決せねばならぬ問題が横て居るに依て、やむおえず愚見を発表する訳であるから江湖諸賢何卒意見の異る所は御遠慮なく教え下されて、そして予輩の迷を解して貰いたい。
一体本県鰹節の改良に就ては当局も県会も熱心に手を尽されてあるから、吾々当業者は非常に難有恩恵に預て居る。すなわち官費を以て年々内地より八名の製造教師を聘し之を当業者に配置されて居る、また水産組合よりは節削教師として二人の女教師を与て居る、実に難有話である。しかしこの場合よく調べて見なくてはならぬと思うは、このように二千円近き大金を投じて奨励される効果の如何であるが、第一此等教師の配置されて居る製造所より出る節と他との成績如何、並に此等教師が製造所にて手に取る仕事の有様を見れば、その効果の如何は大抵分る。予輩の見る所にては此等教師の配置を受けて居る製造所より出る節よりも、之を受けない他の製造所より出る節が概して上等品■ようである。之には深い事情があろうと思うと云うのは、一体此等の教師は年々土佐辺より聘されて、いわゆる土佐形製の手であるから従来本県の製造人とが手が合ない。それが為め純土佐形の節は出来ず、かえって手雑のヘンテコ節が出来て居る。また仕事の方より見れば、土佐形手の方は本■が丁寧主義で従って手が遅いから本県の製造人とは一所に仕事が出来ない。■故に一名位の教師であるから魚の生より終、則ち■付まで手に取りてやる教師は少ない、多く節削りばかりに従事して居るようにある。そうでなければ此等教師も純土佐形を採らずして薩摩形か、もしくは合ノ子形に一所に■て居る。まず此等の点が教師としての効果が充分上らない原因であろうと思う。果してそうであれば、本県従来の製造人と手も合い且つ手厚き製造教師が他に在るかと云うことになるが、そうなりて来るとここに大きな問題が自然と到■して来るのである。則ち本県産鰹節はいづれの形に則るべきやと云う問題で、それには県当局と当業者の間に意見の大衝突がある。これ予が前に言うた早く解決を希望した問題で、それによって予は試みに双方の意見の存ずる所を概記し、終に鄙見を述べて見ようと思う。
そもそも現今本邦に存ずる鰹節形に大別して三種あるが、第一伊豆形、第二土佐形、第三薩摩形で、その他合の子形に製して一の地方節となりて居るものもある。そして此等三種の節の仕向地を大別すれば伊豆形は東京近傍、土佐形は大阪辺、薩摩形は主に九州方面であるが薩摩形は東京辺にも大分需用されて居る。此の如く節形に依て仕向地の異なるは、恐くは生産地と需用地の遠近の関係並びに取引上の便不便より来たものであろうと思う。しかもこの第三節形一般の価格は如何と云うに、先づ伊豆形が第一でその次が土佐形、薩摩形は第三位にあるようである。それならば本県の節も伊豆や土佐に真似せんければならぬようにあるけれども色々の関係がありてか、そういう訳には参らぬらしい。伊豆形は教師聘用の不便からか、今日本県にて当局も民間にも伊豆形を主張する者は未だ聞かない、土佐形と薩摩形の競争である。さて予輩も伊豆形は之をさて置き土佐形と薩摩形に就て論評するつもりだ。
今当局ならびに土佐形主張者の理由の大要を記せば、土佐形は形が奇麗で見場がよくある上に、歩減が少い。価も一般に薩摩形より高いから、本県の節も是非土佐形に真似せなけれはならぬと言い、生産者の方ではなるほど充分手を尽して土佐形に製上れば価は高いかも知らぬが、土佐形は手が大分掛ってとても本県の如き熱い処で大漁あるに当りては、魚を腐かして行われるものではない。いかに斤目に於て価格に於て得しても却って不経済であると厭がり又、本県の商人側よりは土佐形は販路が狭くてただ大阪に需用されるばかりで、薩摩形の如く東京にも何れにも需用されて売行きが良い計でなく品によっては土佐形より随分高い節がありて、価格は品に依ってで決して型に依ってでない。また土佐形は見場の良いかわり、角が立て居るから欠損じ易いといって非常に嫌で居るようである。このように何れの主張も一利一失ありて之が解決は甚だ艱難であるが、そうかと云って、いつ迄も放散らす訳には行かん。一日も早く解決を付なければ生産者は大いに迷ってとても本県の節の改良は行れないと思うから、各意見も述べ議論もして早く解決せねばならぬ、決して遠慮はいらぬのである。近来に於ける本県の鰹節を見るに、土佐形に極く似寄った節もあり又土佐形に似てヘンテコ節もあり土佐薩摩の合ノ子もあり純薩摩形もありて、■変区々である。しかしながら此等の節にして常に上等品の多くは薩摩形を改良して、多少合ノ子形に出来上がりしもののようである。これらの節形中には、その主たる製造人の名を取って某節と名を博したものもある。この節形迄は本県製造人も真似し易く、また本県商人も厭がらずしてよく買入るのみならず、鹿児島にも東京辺にも出行が良いように見られる。依って予輩も先づ本県の節形を此形の程度に一定して、そして充分製造すなわち手入に注意させるようにしたいと思う。予輩が純土佐形を賛成せぬのは四つの理由がある。