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市中及沿岸悲愁の雲に包まる

掲載年月日:1910/10/14(金) 明治43年
メディア:琉球新報社 1面 種別:記事

原文表記

市中及沿岸悲愁の雲に包まる
那覇の市中は三浦丸遭難者の綠者遺族の悲しみの袖を絞ほりて行交ふ巷となり海岸一帶は淚にくる搜索隊の哀悼に滿ち■々したる秋雨唯ならぬ悲傷を催ほすのみなり、去れば海岸は人を以て埋もれ近きは首里及那覇近郊よ■集まるもの十數百を以て算へらる程なり、子が及木村回漕店より派遣したる數艘の搜索舩は昨日未明より元水上署より屋良座沿岸を隈なく搜索しつゝありたるが其甲斐空しからず昨日午前中に於て五人の男女死体を屋良座附近に於て發見し更らに午一時過ぎに至りて元水上署附近に於て一人の男(宮城久保)■發見したり斯かる大椿事の出來せる昨日の市中は人必恟々として片時も休む暇なく寄ると障ると遭難船の取沙汰にのみ滿たされアレ屋良座に死体發見せりと云へば人之れに走り其方面に駈けつけ又午后四時ごろに至れば奥武山公園地に死体の漂着せ■と傳ふるものあるや其人群は一時に公園方面に駈け附けると云ふ有樣にして昨日の市中は實に沖繩開闢以來の大騒きを極めたり

現代仮名遣い表記

市中及沿岸悲愁の雲に包まる
那覇の市中は三浦丸遭難者の緑者遺族の悲しみの袖
を絞ぼりて、行交う巷となり。海岸一帯は涙にくる捜索隊の哀悼に満ち、■々したる秋雨唯ならぬ悲傷を催おすのみなり。去れば海岸は人を以て、埋もれ近きは首里及、那覇近郊よ■集まるもの十数百を以て、算えらる程なり。子が及木村回漕店より派遣したる数艘の捜索船は、昨日未明より元水上署より、屋良座沿岸を隈なく捜索しつつありたるが、其甲斐空しからず、昨日午前中に於て、五人の男女死体を屋良座附近に於て発見し。更らに午一時過ぎに至りて、元水上署附近に於て、一人の男(宮城久保)■発見したり斯かる。大椿事の出来せる昨日の市中は、人必恟々として片時も休む暇なく、寄ると障ると遭難船の取沙汰にのみ満たされあれ。屋良座に死体発見せりと云えば、人之れに走り、其方面に駆けつけ、又午後四時ごろに至れば奥武山公園地に、死体の漂着せ■と伝うるものあるや。其人群は、一時に公園方面に駆け附けると云う有様にして、昨日の市中は実に沖縄開闢以来の大騒ぎを極めたり