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雜 報 ●渡淸道中日記(續)
原文表記
雜 報
●渡淸道中日記 (續)
半狂生
皷浪嶼に山崎屋とて一件の日本宿屋あれとも宿客多くして逢悪く明間なしとて茫然船に待つこと二時間許正午過漸く上野領事赤塚副領事の迎へに來れるあり共に上陸して領事舘に赴き領事の厚配に依り小島榮藏と云ふ人の樓上を借りて宿所と定め新たに椅子を列へ寝臺を置き疊を敷く等混雜の間に起臥の準備をとヽのふるを得たるは言語不通の西洋ホテルに勝る萬々なり因に記す當港には一軒の日本宿屋を除き厦門、コスモポリタンと稱する二軒のホテル共に皷浪嶼にあり外に支那人の客棧なるものあれとも起臥一切の器具を携帶せさる可らす甚しきは食物も自炊なるが上に不潔極りなしと云ふ
厦門港
某氏の書中に曰く(前畧)支那開港塲中船舶の出入最も安全自由なる所にして水先案内を必要とすることなし天然の大勢ハ外港と内港とに分かる(中略)ジヨンクは多く厦門港と名くる從來の小港に輻輳し滊船は厦門市の西方皷浪嶼の東北に碇泊す厦門島一名鷺江と皷浪嶼との間は狹き處ろ六百七十五ヤード廣き處ろ八百四十ヤードを有し潮水は常に十四呎と十六呎との間を昇降す滿潮のときは巨大の滊船も能く此間を通過す云々以て其一般を知るべし市は△厦門島の西南岸にありて商店の之に櫛比し外國人の住宅ハ皷浪嶼に構え高樓丘上丘下に散布す一見其の繁昌を察するに足る
現代仮名遣い表記
雑 報
●渡清道中日記 (続)
半狂生
皷浪嶼に山崎屋とて一件の日本宿屋あれども、宿客多くして逢悪く明間なしとて茫然、船に待つこと二時間許正午過ようやく上野領事赤塚副領事の迎えに来れるあり。共に上陸して領事館に赴き、領事の厚配に依り小島栄蔵と云う人の楼上を借りて宿所と定め、新たに椅子を列へ寝台を置き畳を敷く等、混雑の間に起臥の準備をととのうるを得たるは、言語不通の西洋ホテルに勝る万々なり。因に記す、当港には一軒の日本宿屋を除き厦門、コスモポリタンと称する二軒のホテル共に皷浪嶼にあり。外に支那人の客桟なるものあれども起臥一切の器具を携帯せざる可らす甚しきは食物も自炊なるが上に、不潔極りなしと云う。
厦門港
某氏の書中に曰く(前略)支那開港場中、船舶の出入最も安全自由なる所にして水先案内を必要とすることなし。天然の大勢は外港と内港とに分かる(中略)ジヨンクは多く厦門港と名くる従来の小港に輻輳し、汽船は厦門市の西方皷浪嶼の東北に碇泊す。厦門島一名鷺江と皷浪嶼との間は狭き処ろ六百七十五ヤード、広き処八百四十ヤードを有し、潮水は常に十四呎と十六呎との間を昇降す。満潮のときは巨大の汽船も能く此間を通過す云々。以て其一般を知るべし市は△厦門島の西南岸にありて商店の之に櫛比し、外国人の住宅は皷浪嶼に構え高楼丘上丘下に散布す、一見其の繁昌を察するに足る。